僕とあの娘  最終章  「卒業」 | みつ光男的 だれだれ日記

みつ光男的 だれだれ日記

家族と過ごす何気ない日常と好きな音楽、プロレス、自作小説について。
更には日々の癒しとなるアイドルについてなども長ったらしく綴ります。

カッツェってバンドの曲に「LONELY NIGHT」って曲があるんだけど、
その中の一節にこんな歌詞がある。

♪あいつが街を出て行った 短い夏が終わった夜 
明日のために出て行くんだと ギターケースを抱きしめたまま♪


(お借りしました、ありがとうございます)

僕は卒業して家に帰る時、
カッツェのこの曲を気取ってギターひとつだけ抱えて帰ろうと、
他の荷物は全部送ってギターだけ手に提げて帰ることにしたんだけど、
これがかなり大変だった。

汽車の中では場所とるし、タクシーに載せるのは大変だし、
アコギなのに見た目よりずいぶん重たいし。

「うそ~、やっぱり現実と歌詞の世界は違うな~」

思い切り嘆きながら帰ったのを覚えてる。










そんな下関最後の風景から数10時間前、
卒業式の前日、何もない空っぽの部屋に僕は一人ぽつんと座っていた。


「俺の部屋ってこんなに広かったんや」

なんてとぼけた事を言いながら「最後の日」の前日を迎えた。

「何処かに遊びに行こうか」

なんて下宿の仲間と話してたけどみんな最後を惜しむかのように部屋にいた。
もう僕の部屋にはテレビもない、みんなで集まってやっていたゲームもない。

いよいよカウントダウンの時が近づいている事を嫌でも痛感せざるを得なかった。
みんなで集まって過ごす、正に「最後の晩餐」。

今夜は寝ないで語り明かそうなんて話してたけど、
その時僕は一つどうしても心に引っかかることがあってちょっと無口になっていた。

「電話しようか、どうしようか、あいつに」

『あいつ』ってのはメグミの事。
彼女と会う事がなくなって、どれだけの時間を一人で過ごしただろう。

メグミが僕の前から消えて、もう1年半近く経とうとしてるのに、
まだ僕はメグミの事を引きずっていた。

卒業式前日の夜、僕は一人下宿の電話の前でしばらく悩んでいた。
するとが風呂の準備をした後輩が洗面器を持って降りてきた。
それからもずっと僕は電話の前で立ったままで考え込んでるので、
風呂から出てきた後輩が

「な、何してるんすか?」

そりゃ不思議に思うはずだ。
1時間近く電話の前に立ち尽くして受話器持ったままなんだから。
でも、どうしてもあのかけなれた番号に電話をかける事が出来ない。

でも、やっぱりここでやめたら絶対後悔するだろうと自分に言い聞かせて、
思い切って電話番号を回してみる。
もし今、出なかったら諦めたらいい、それも運命なんだ、なんて思いながら。

呼び出し音が2回、3回と鳴って・・・



「・・・もしもし」


久しぶりのメグミの声だった。
元気そうだった、何かホッとした。
別に未練タラタラって訳じゃないつもりだったけど、普通に話せたのが何だか嬉しかった。

何を話したなんて覚えていない。
ただ、最後の方は何か二人とも泣きそうな消え入りそうな声だった。

何分、いや何時間話しただろうか、受話器を置いたのは確か夜の11時半位だった。
「あの頃」もこうして10円玉がいっぱい入った空き缶を持ってきて、
飽きる事もなく延々と下宿の一階で電話していたんだ。


受話器を置いてからは、落ち着いた気持ちで仲間たちと朝まで思い出話に花を咲かせた。



そしていつしか夜は明け、卒業式は無事に始まって、そして終わった。
朝が来るのがこんなに惜しいと思ったのは、生まれて初めてだった。


式が終わった後、僕はゼミの研究室に顔を出して同期の連中と少し話した。

気が付けば、帰りの電車の時間が少しずつ近づいていた。
急いで戻らないと~って校門の前まで駆け出したその時、


「ま~っ~く~」


懐かしい呼ばれ方だな、なんて思う間もなく、
その声の向こう側に立つ一人の女の子の姿が目に飛び込んできた。












・・・メグミ


そこには、あの頃のままの笑顔のメグミが立っていた。

ヒロも一緒だった。


「うそ?これは演出にしては、やり過ぎなんちゃう?」

僕ははそう思いながらも、何とも言えない不思議な気持ちでいっぱいだった。
あれから何度もの季節を一人で過ごして、
止まったままになっていた僕の心の中の時計が一瞬だけ動き始めた。


「言葉にならない」とは正にこの事だった。

(お借りしました、ありがとうございます)

笑顔も、髪の長さも、かつては繋いていたお互いの手も、
何もかも「あの頃」のままだった。

この時メグミと話したかなんて覚えているわけもない。
ただ、あの「目の覚めるようなブルー」の看護学校の制服が
この日はやたら眩しかったのだけ覚えている。

「じゃ、これで俺は帰るから」
「出会った場所で、また会えたね」

僕たちは、背中を向けて別々の道を歩き始めた。

同じタイミングで振り返って思わず吹きだした事も、
人目もはばからず手を振った事も、
あの頃のままだった。

ただ、僕はもう一度振り向く事はなかった。
メグミに涙を見せる訳にはいかなかったから。



こうして僕とメグミとの物語はようやく今日、最後の日を迎える事になった。
そして僕はメグミからもようやく『卒業』することができたのだ。

「何か『東京ラブストーリー』みたいやな、小説にできるやん」

なんて独り言を言いながら下宿まで歩いた。
実はこの時の情景ってほとんど思い出せない。
悲しい記憶って訳じゃないけど、
僕の記憶能力をつかさどる神経がこの時の記憶を消そう消そうとしているような気がする。

ただ、思い出せないのは
この日の事をいつまでも引きずっていたら、何か前に進めないと感じたからだろう。


何て言ったらいいのかわからないけど、
メグミとの『ラストシーン』を含めて卒業の日の事ってあまり思い出したくないんだなあ、今でも。
不思議だけど。



例えば、こんな恋愛。
してよかったのだろうか、しなくても今の僕でいられただろうか。

メグミにもう一度会う事があるなら、聞いてみたい。
きっとメグミは

「そんなの、どっちでもいいよ」

そう笑い飛ばすだろう。


僕はこの文章を書く事で本当に全ての呪縛から解き放たれたような気がする。

もしもこのまま全てを心の中に押し込めたままなら、

「僕はあの日から今もここに立ち止ったままなんだ」
と、心のどこかでメグミに呼びかけて、
こんな形でも見つけてもらうのを心のどこかで期待していたのかも知れない。


無論、今更僕の声がメグミには届くはずもなく
僕もそんな淡い期待が叶うのは所詮ドラマや映画と言った作り物の夢物語の中だけだと思っている、はずだ。



いつも時代も心が弱いのは




・・・きっと男の方なんだろうな。

(お借りしました、ありがとうございます)


あの頃の僕は、誰ひとり幸せにしてあげる事の出来ない
一人の小さな男、だった。

そして、今はどうなんだろう。
答えは、僕にはわからない。

わからない方が、きっと幸せなんだと思う。


                                          完