【マルコ福音書 1章1-15】

 

19日正午、松茂の上空をブルーインパルスが飛行します。 この知らせを聞き、神学校時代のクリスマスの日、NHKホール新築現場でアルバイトをしていたとき、上空に “Merry Christmas” の文字が描かれた光景を思い出しました。松茂に来て驚いたことがあります。教会墓苑の近くにあるクリニック釈羅(フランシスコ・D・ペニア記念病院)の敷地に、ペンサコーラ米海軍基地を母港とするブルーエンジェルスの機体が展示されていたのです。2022年4月17日にその写真を撮りました。1995年6月18日(父の日)に起こった「ペンサコーラ・リバイバル」は、米国フロリダ州ペンサコーラのブラウンズビル・アッセンブリー・オブ・ゴッド教会で始まった大規模なペンテコステ系リバイバル運動でした。“Brownsville Revival / Pensacola Outpouring” として知られ、1995〜2000年の約5年間で世界から400万人以上が訪れました。日本でも千葉のヒルトンホテルで聖会が開かれ、ホテルでは収容しきれないほどの会衆が集まりました。メッセージの中心は「悔い改め」、すなわち主に立ち返ることでした。

 

バプテスマのヨハネも「悔い改めよ」と語りました。 悔い改めとは、私たちの心の向きをこの世から創造主へと方向転換することです。これこそが「主の通られる道をまっすぐにする」ことです。私たちは問題を解決しようともがき、環境や他者を変えようとして苦しみます。しかし問題の根源は、私たちの心がまことの創造主から目をそらし、自力や被造物に頼ろうとするところにあります。主は、すべての問題の解決のためにこの世に下られました。 私たちは主に目を向け、心にお迎えするのです。人類の悲劇は、アダムが「自分が神のようになろう」とし、被造物である自分を誇り、それに頼ろうとしたことに始まります。ですから、放蕩息子が父のもとに帰ったように、私たちが主に立ち返るとき、豊かな恵みが注がれます。主を信じて頼る者には、神は聖霊として宿ってくださいます。 自分を頼るのではなく、聖霊に頼るとき、その偉大な力が現れます。

 

 

 

ペンサコーラ・リバイバルでも、主の血潮によって心と行いの罪を清められることが繰り返し語られました。聖霊の歩まれる道を開き、通り良い器となるためです。枝は自力で実を結べません。幹にしっかり結ばれることで樹液を受け、実を結びます。 主は「宝のあるところに心もある」と語られました。宝とは、心が喜び、誇り、頼る対象です。私たちは聖霊という無尽蔵の富、永遠の宝をいただいています。 その祝福は、このお方に心を向けるときに与えられます。

 

エリヤは、やもめと息子に残された最後の食事を求めました。彼らの心が天に結ばれるためでした(列王記上17章8–16)。 アブラハムは最愛の子イサクを神にささげようと決意しました。そのとき彼の心は神に開かれ、一族の永遠の祝福が約束されました。 マラキ書3章6–12節には、十分の一を返すことによる溢れる祝福が記されています。ロックフェラーは、バプテストの母を持つ恵まれない少年でしたが、礼拝と十一献金を重んじました。やがてアメリカ随一の経営者となり、教会建設、学校教育、シカゴ大学、黒人のための大学、ハーバード大学などを支援しました。関東大震災で被災した東京大学図書館が200万円の寄付を募った際には、400万円を献げました。韓国のチョー・ヨンギ師は若くして結核で医者にも見放されましたが、イエス様を信じて救われ、癒され、やがて牧師となりました。おんぼろのテント張りの、食べるにも困る人々の教会から出発し、十字架の血による贖いを頼り、聖霊を心に迎えるよう指導しました。お金がなければ米の十分の一、卵が十個あれば一個を捧げるように勧めました。 やがて人々は立ち直り、いまや世界最大の教会となり、国会議事堂よりも壮大な建物が与えられ、各界のリーダーたちが会員となり、大統領もクリスマス礼拝に出席します。

 

愛の光輝き