皆さま、こんにちは。

先日お彼岸が終わった後、とても不思議な夢を見ました。 

それは、私のこれまでの歩みと、今直面している状況を暗示するかのような、象徴的な光景でした。

登ることをやめた「山」と、選んだ「入り口」

安曇野の街並みとアルプスの山々
(2010年12月17日 松本市アルプス公園から見る安曇野)
 

夢の中で、私は山を目の前にしていました。 かつて長野県安曇野、日本アルプスの山々に囲まれて暮らしていた私にとって、山は「登るもの」というより、そこにある「当たり前の背景」です。

夢の中の私は、険しい連山に挑む道ではなく、**右側にあった「入り口」**へと吸い込まれるように入っていきました。

その先に広がっていたのは、静寂に包まれた海岸

 恐山の賽の河原を思わせるような岩場がどこまでも続き、ふと遠くを見れば、地平線の彼方で山が噴火していました。

住職への供養と、心境の変化

目が覚めてから、ふと気づいたことがあります。 

それは、昨年亡くなられた菩提寺の曹洞宗大蓮寺の住職さんに、先日お線香をあげに伺ったこと。

檀家として、私は2011年に戻ってきてからお寺の清掃を続けてきました。

一時期、心ない圧力を受けて中断したこともありましたが、コロナ禍で誰も掃除をしなくなったお寺を放っておけず、住職さんの言葉を受けて再開したのです。

お彼岸の行事には出ず、あえて夕方、静かな時間を選んで住職さんと対話をしに行った……。 

あの夢の「支配的な静寂」は、まさにあの時、住職さんと向き合った心の平穏そのものだったのかもしれません。

「泊の坂」に残る歴史と、今の闘い

泊の坂、津波避難場所と日暈
 

地域には、今も「泊(とまり)の坂」という地名が残っています。 かつて大地主として、また政治的にも大きな影響力を持っていた本家の「泊家」。 しかし時代は流れ、その総代の座は、父の代から政治的に対立してきた勢力へと移り変わりました。

甲駅のツツジを巡る騒動や、執拗な攻撃の背後に見える影。 

それは、この土地が抱える根深い歴史の延長線上にあるのかもしれません。

噴火を遠くに眺めて

夢の中の噴火は、激しいエネルギーの解放を意味します。 

けれど、それは私のすぐそばではなく「遠く」にありました。

住職さんは、夢を通じてこう教えてくれた気がします。

 **「もう、その山(過去の因縁や闘争)に無理に登らなくていい。一歩引いた海岸から、静かに眺めていなさい」**と。

 

写真(上の画像)を見てください。

 太陽の周りに美しい**日暈(ハロー)**が出ています。 

これは天からの守護のサイン。

たとえ周囲で何が起きようとも、私は私自身の信念に従い、淡々とお寺を清め、自分の道を歩んでいこうと思います。

あの静かな海岸のような心境で。

 

(この記事はGoogleの生成AI_geminiとのチャットをリライトしています)

AdSense審査結果とサイト改善方法

 

2015年から11年間、のと鉄道から1年間2万4千円で借りていた甲駅待合室とホームを3月31日で1年前倒しで返納しました。この話は去年から突然出ていました。それでこれまでの11年間のまとめと4月以降の農業ビジネスを新しいサイトで公開することにしました。

 


このサイトはGoogleの生成AIのgeminiと共同作業でコンテンツを作っています。

ウェルネスの分野はYMYL(Your Money or Your Life)と呼ばれるのでサイトの内容に高いレベルのE-E-A-T(経験、専門性、権威性、信頼性)が要求されるんです。

それでgeminiの知識と私の現場での経験を足す手法を取っています。

そしてビジネス用のサイトなのでグーグルアドセンスを使うことにしました。というよりも挑戦しました。グーグルアドセンスは審査が厳しいことで知られています。

 

一度では審査に合格するとは思っていないので、不合格は気になりませんでした。

悪かったところを修正すればいいだけなので。

geminiとチャットしながら記事を作る部分ものせましたが、やっぱりいらなかったです。でも一度公開したし。消したら増える法則が発動する。

 

アーカイブにして残すことにしましたが、アーカイブサイトはwayback_machine でなくて、archive.todayを使いました。

 

https://archive.md/D6U8G

 

https://archive.md/iR0Y1

 

下はスクショです。

内容がサイトの目的から違うものが混じっているので落ちたんでしょう。

でも私が甲駅を借りてから起こっていた問題を記録する意味がありました。

実は沖縄米軍基地辺野古問題と同じことが穴水町で起きていますが、アメブロでは書けません。4月以降見えてくると思いますが、表面化するのは10年後かもしれません。

 

能登の海岸に虹がかかる風景

 

 

SuperRoots能登のサイトコンセプトとAI共同制作

 

 

SuperRoots-wellness 読者向けカテゴリー別インデックス

 

甲駅舎と日章旗、植え込みの花

 

今日3月31日で2015年から年間2万4千円で借りていた甲駅を1年間前倒しで最後にします。

11年間借りていましたが、当初の目的は達成できました。

祝祭日は国旗を掲揚していました。

そうでない日は待合室の中に掲揚していたので、実質1年中です。

去年の5月からは甲復興団に待合室を占有される事態になったので、収穫物の出荷作業ができなくなって、ほとんど何もできませんでしたが、時代の流れでしょう。

昼頃から正面に掲揚して夕方国旗降下して甲駅から撤収するつもりです。

だからといって私が穴水町からいなくなるわけではありません。

おかしなうわさが流れないように4月からはアメブロで生存報告を毎日しようと思います。

 

甲駅で掲揚していた日本国旗

 

甲駅から撤収するにあたって、いくつかの作業をしました。

 

1.ホームのスロープを破壊片づけました。

これは2015年に借り始めて最初に設置したものですが、11年経つと壊すのが大変でした。

 

下のリンクはそのときの記録です。

 

甲駅跡のホームと草むら

 

2.野バラを移転しました。

多分切られると思ったので、自家採取と育苗場所用の畑に移しました。

根づくかなあ?

 

下のリンクはそのときの記録です。

 

 

甲駅跡の片付け作業と風景

 

 

移転した野バラの根元と空き地

 

3.駅のホーム側の出入り口に敷いていたブロックを撤収して、野バラの枠組みで使いました。

このブロックは入り江奥の畑から2018年に持ってきたものでした。

 

下のリンクはそのときの記録です。

 

甲駅の待合室と軽トラック

 

 

甲駅の国旗が掲げられた待合室

 

まだ甲駅の線路沿いにある借りていた「ほ場」からローズマリーや匂い菖蒲やカキツバタや花しょうぶとホースラディッシュとキクイモを移動させないといけません。

 

地主さんとは4月中に移動させることで話はついてます(ココ重要です)。

春になってやっと暖かくなってきたので移植できる環境になりました。

私は穴水町にいますので、4月以降もよろしくお願いします。

 

靖国神社のお札が飾られた木製神棚

 

靖国神社はオールドメディアが嫌うものの代表でしょう。

そして靖国神社にふれる私のような人の声はオールドメディアは決して伝えません。

それでこれからはオールドメディアが伝えない、または偏向して伝える内容を中心に記事を書いていくことにしました。

とタイトルと説明文をみたら、大丈夫か?と思えますが、ちょっと見たら何も変わっていません。

今までがそうだっしこれからもそうです。

3月31日で甲駅を返納しますが、4月からも何も変わらないというお知らせです。

 

ただし相手は変わってくるでしょう。

この相手というのは、わたしが別サイトのnotopyi.jpを立ち上げたときの運営方針にある、私がかかわりませんと宣言している勢力のことです。

 

  1. 反社会的勢力や公安監視団体とは関りを持ちません
いまさら言うまでもなく、「反社会的勢力や公安監視団体」と関係していてまともなビジネスはできません。
でも、「反社会的勢力や公安監視団体」は穴水町にももちろんいます。
それであやしいところは近づかずに観察しています。
 
しかし幸いなことに公安監視団体の彼らは靖国神社を嫌います。
それでわたしは靖国神社を魔除けと公安監視団体かどうかの識別に利用させてもらっています。
私の靖国神社の記事にはそういう意図もあります。
 
これからもオールドメディアが伝えない記事が増えると思います。
 

2026年3月22日 甲駅と日の丸とツツジ

 

今日はお彼岸で祝日でした。

日の丸を掲揚しました。

ツツジも大きくなりました。

 

私は2015年4月から待合室とホームを借りてきました。

それも3月31日で終わります。

最後の日は祝日ではありませんが日の丸を掲揚します。

この日の丸はふだんは駅舎の中に置いたままにしています。

 

 

3月31日で全部引き上げます。

靖国神社の国家安泰のお札も引き上げますが、31日までにもう一つ大事なことをしないといけません。

それは、のと鉄道との契約が1年短くなったので、賃貸契約書を作り直す作業が出てきました。

のと鉄道さんに契約書を作ってもらっていますが、明日サインをしてきます。