養成講座の同期とzoomで月1のミーティングをしました。
実は、一昨日も仲間からヘルプがあってセッションさせてもらい
2日続けて顔を合わせるメンバーもいました。
ミーティングと言ってもいわゆる打ち合わせではなく
進行役が進める中、1人ずつに近況を報告したり、その中で感情が湧いている人がいれば、後でセッションしたりします。
昨日もセッションさせてもらい
私にも気づきがたくさんありました。
floweringセラピーのセッションは、セラピスト側も気づきが深く自らをみつめることになります。
1年で成長したみんな
半年間、それぞれが自分に向き合って、セッション練習で互いを開示したり、ジャッジなく寄り添ったりして
普通では考えられない位の時間を共に過ごして来ました。
昨日のミーティングの中でもいろんな気づきがあり、全員が1年前とは違う視点でいるとに気づきました。
こんな変化が!
①愚痴を言わなくなった
愚痴の中には、相手が悪い
「相手のせいで自分はこんな感情になっている」などと
自分の感情の責任を相手に取らせることが含まれます。
養成講座仲間の全員が自分も含めて、気づいたらそれをしなくなっていました。
相手を責めるのではなく
「自分がどう感じたか」
そこを見れるようになってきたんです。
それぞれいろんな出来事がありながら、何かを投影していること、自分の痛みが映っていることを全員が理解していて
だから、誰かの話しを聞いても
そのお相手を別の誰かが悪くいうこともありません。
相手にも痛みがあることをみんなが気づけるようにもなっていました。
②相手の感情の責任を取りにいかなくなった
自分の感情が相手のせいだと思わないのと同じく
相手がたとえ怒っても悲しんでも
それは、自分のせいではないと
きっかけを作ったに過ぎない
昨日の話の中でも、様々なテーマの話が出ましたが
誰も相手の感情の責任を取りにいってない
そんなことが、ごくごく当たり前にいつのまにかできるようになっていました。
③感情やエゴが自分じゃないことに気がつくようになった
これは、頭の理解を超えて
自然にそう思えるようにみんながなってきました。
その上で、感情やエゴに巻き込まれちゃっている…
わかっているけど、どうしょうもない…
そんなことをそれぞれが感じられるようになったんです。
また、感じようとすると頭の声が
いろいろ言ってストップをかけていることも
仲間を見ていて気づいたり
自分でも気づいたりできるようになってきました。
④愛からの言葉を互いに言えるようになってきた
それぞれがいろんなテーマを抱えて、傷が疼くことがあります。
インナーチャイルドを置き去りにしていないか、ちゃんと気づいてあげられてるか
エゴの声はあってもいいけど
それを信じ込みすぎて巻き込まれていないか
被害者になっていないか
過去の記憶やパターン、DVDを再生していないか
そんなことにも、ジャッジなく
互いに言えるようにもなってきました。
それがあるから悪いというわけでもなく、ただそれに気づけるような
ことが意図せずにセッションの中で起きたり
会話の中で伝え合ったりしています。
⑤1人のことは、みんなの気づきに
仲間の誰かに起きてることも
セッションややり取りも
それは、みんなが自分を見つめることにもつながって
流れ弾が当たるなんてこともでてきました。
どんな仲間の感情もエゴも
「あっていいよ」
「それも言わせてあげよう」
そんな想いでみんながいる
なんて、尊い仲間なんだろう
たった1年のお付き合いとは思えぬ
深い繋がりと安心があって
子どもみたいに無邪気に笑いあえる
そんな時間でもあります。
今ここ
昨日は、私が進行役でしたが
最後は言葉を交わさず
みんなで今ここにいました。
画面越しとはいえ
目を見て
今この瞬間にいること
それは1分位の時間であっても
言葉を超えて
画面を超えて
ただ一緒にいる
じんわり体があったかくなって
涙がでそうになる
そんな時間でした
新たに、今年も養成講座が昨日からスタートした日にたまたまミーティングがあり
1年をみんなで振り返って
成長している自分たちを感じました。
floweringセラピー®︎に出会えて
養成講座の仲間に出会えて
このメンバーで一緒にいれて
よかった
そんなことをzoomが切れた画面を眺めながら感じました。
