今日の茅ヶ崎は曇り空


茅ヶ崎市南湖7丁目、西浜海岸の近く

にある南湖院(現在太陽の郷)


南湖院(1899〜1945) の歴史

茅ヶ崎にあったサナトリウム(結核療養所)

医師 高田コウ安が1899年に開院

東洋一と謳われて、5万坪の敷地に病棟が。

著名人も入院していた。


1945年に海軍に全面接収される

1946年に連合国に接収される

1952年に在日米軍施設キャンプ茅ヶ崎の

一部になる。1956年接収解除となる


南湖院には国木田独歩、八木重吉らの

文学者も多く入院していて、見舞いの

文人を交えた文学交流が展開された場

としても南湖院は有名に。


南湖院の名前を世に知らしめたのは

国木田独歩の入院だった。独歩が入院

したのは明治41年2月3日、すでに

病状はかなり進行していて、4ヶ月後

6月23日に逝去。(37才)


平塚らいてうと茅ヶ崎の関係は姉が

南湖院に入院した事に始まる。

明治45年らいてう、尾竹紅吉、保持研子

が茅ヶ崎に集まり、明治末期の女性解放

運動は一時、南湖院が原点となった。

奥村博史との運命の出会いも南湖院で。


入院生活をしていたその他の文学者は

童話作家の坪田譲治、「大菩薩峠」の

中里介山、詩人の秋山秋虹夢、歌人の

岩谷莫哀、随筆家で参議院議員の森田

たま、などがいた。


現在は老人ホーム太陽の郷の敷地に

なっていて、第一病棟が茅ヶ崎市に

寄贈されて2016年から庭園が一般公開

になった。


一般公開されている南湖院(太陽の郷庭園)



入園の受付





第一病棟



今も南湖院の表札がある




この向こうに富士山が綺麗に見える



関東富士見百景に




1年ぶりに咲いた西洋シャクナゲ、花は昨年の

半分くらいの大きさだけど綺麗



歩道の白いツツジが咲き始めた



柳島の公園のお花畑