■ 大吐露一貫4000円ッ! ■ -4ページ目

■ 大吐露一貫4000円ッ! ■

思いついた事とか下らない事、考えてみた事など駄文を垂れ流します。
まさしく吐露します。嘔吐はしません。

…あっ、でも大トロよりも中トロの方が好きです。

酔っ払いです。平常運転です。



さて、久しぶりにこうして何かものを書こうかな、と思ったわけですが、今回はギャップについて。

世の中、見た目どおりの人間というのは面白くありません。
すっぱり断言します。まーったく面白くありません。
真面目そうな真面目な人、いい加減そうないい加減な人、こういうのは付き合っても面白くないんです。
これは男女に関わらず、同性異性、年上だろうが年下だろうが、ひとまず人間性にあまり深みが見えない、というのが理由なんでしょうね。

これは外見や性格に限った事ではありません。
例えば仕事だってそう。
「こういう事は苦手だと思っていたのに得意だったんだ!?」
「ああいうのは得意に見えるけど、そうでもないんだね」
要するに、おや?と思わせる何かがあればいいんです。

これは認識の問題なのですが、思っていた事が思った通りだった場合、人の記憶に強く刷り込まれる事はありません。逆に、思っていた事と違っていた場合、脳は再認識のためにもう一度記憶をしなおす必要が生じるのです。
つまり、少なくとも2度、自分を売り込むことができるのです。
これは単純にイメージを強く刷り込ませるチャンスが2倍になった、と言っても過言ではありません。

一番説明しやすい例として自分を上げます。
俺の第一印象、表の性格といいますか、普段接する態度について、10人中8人以上が「チャラい」「軽そう」「いい加減そう」という印象を持ちます。
ですが、長く付き合いのある人間はそうではなく、俺は「真面目で曲がった事が嫌い」という印象を持っている人が多いです。
ではなぜそういう人間になったのか、またなろうとしたのか、についてお話ししましょう。

まず、一言で「チャラい」というとマイナスイメージですが、これはプラスに捉えると「社交的」という事でもあります。
社交的ということは、即ち接しやすい人間という事です。
「社交的な人間」であるならば、多少強引に話しかけても「イメージ通り」で済んでしまうわけです。
もしも俺が元の性格で動いていたら、多少強引に言っただけで身構えられてしまうはずです。
ですが、「チャラい」という先行イメージのおかげで、軽く話しかければ軽く返してくれる状況を作れるのです。
一度ここで「チャラい」というイメージを刷り込ませ、さらに会話を重ねることで本来の自分を出していけば、「あれっ、この人意外と・・・」という方向に持っていけるわけです。
俺が自分自身を「チャラい」とハッキリ言うのは、「プラスイメージ(社交的)をマイナスイメージ(チャラい)で上書きし、さらに本来の自分(真面目)を見せることでプラスイメージを上書きする」という目的があるわけです。
何も考えずにチャラチャラしてるわけではないんです。
ビジネスでもそう。
初めはフランクに入るため、信用を得るまで若干時間がかかりますが、一度築いてしまえば崩れにくい関係を作り上げられます。

さて、ここまでで気付いた人は相当頭がまわる人だと思うのですが、果たして「真面目な人間」がこんな腹黒いこと思いつくでしょうか?
俺の場合は、ホストという特殊な職業を経験したのが一番大きいと思うのですが、要するに「真面目な人間がどうしたらいいのかを本気で考えた結果、こういう腹黒い方法を思いついた」のです。
俺が当時考えていたのが、「軽薄な人間が多いと思われているホストという職種で、見た目はそのまま軽薄そうなのに、実は実直な人間だったら、それはひとつの特別な存在に見えるんじゃないか。他を出し抜くチャンスになるんじゃないか」という事です。

その為にやるべき事は2つ。
ひとつは「他の人間よりもより一層軽薄そうに振舞う事(入り口、つまり出会いのタイミング)」。
もうひとつは「他の人間よりもより一層丁寧に接する事(道中、知り合ってからの行動)」。
この二つを守る事で、他とは違う特別な自分を「演出」した結果が、真面目でつまらない人間でもホストでナンバー入りする事、なのです。

こういうギャップを上手く生かして、他人に自分を良く見せる、都合よく刷り込むことができれば、いろいろ捗る事も多くなります。
まぁ、それだけが全てではありませんが、プラスを拾えるところは拾っていった方が賢いですよね。

というわけで、ギャップギャップって言うけど、つまりはどういう事よ?
要するに、本来の自分とは全く違う自分を最初に見せる事、これが一番簡単なギャップの作り方です。
ただ、前提条件として全く違う自分を演じなければいけないので、その部分に慣れるまでが大変ではありますが、慣れてしまえばストレスなく勝手に演じる事ができるようになります。

ひとつだけ欠点を挙げるとすれば、切り口を間違えると、全く違う自分のまま認識され続けてしまう事。
うまく本来の自分をさらけ出すタイミングを見つけないといけないので、実際に本当に大変なのはこっちなのかも。
「ギャップを作れ」というのは、言い方を変えれば「ハッタリを利かせろ」って事だ、というわけです。



こういう考え事でも、ひとつのきっかけになればいいなと思います。
今日はちょっと趣向を変えた考え事でしたが、これも皆様の何かのきっかけになる事を夢見て。
あまり期待はしてませんが、なったらいいなぁ程度の気持ちで。



本当は酔っ払ってて書いてる事がまとまってない気がするので、その言い訳です。てへへ。
それでは。
こんばんわ、歯医者に行ってきた三月です。どやぁ。
べ、別に痛くなんかなかったんだからな、涙目になったりしてなんか・・・

痛かった・・・あうあう。



今日は自分の趣味についての独り言です。

ブログにもちょこちょこ書いてるんですが、ニコニコの歌ってみたなどをやってみているわけですが、元のきっかけという部分で言えば、やはり性根が目立ちたがりなので「目立ちたい!」という思いが強かったんですよね。
でもまぁいい年だし、お金出してまでやる事じゃねえやな・・・と敬遠してたものの、色々な人にやってみろと言われたのでやってみた次第で。

で、結局どうなったかっていうと、レコーディングよりも自分の声をあれこれいじってる時間が楽しくなってしまったわけで、きっとここから「初志貫徹な人」と俺のような「寄り道大好きな人」の差が出るんだろうな、と思ってしまったわけです。

色々な歌ってみた動画を見てると、割と自分でMixしてない人多いんですよね、特に人気の人なんかそう。
必ず誰か別の人がMixしているわけで、そりゃまぁ慣れてる人にやってもらった方がいいものはできるんでしょうけど、それはそれで「別の人の手が思いっきり加わってる」というのがたまらなく嫌な俺は、Mixも寄り道だ!と言わんばかりに自分でやってしまおう、と。

どちらが正解、っていうのはないと思っていて、こればかりは性格によるんだろうな、と思うのですよ。
目的のためなら他人の力も上手く利用するっていう人もいれば、俺のように自分が全部関わってないと嫌って人もいるでしょうし、結局のところ楽しんだもん勝ちなんだろうなーというのが俺の結論です。

来月は編集用のPCを新調します。したい。
そしたらもっと楽しくなると思うんだ!
身の回りで一緒に歌おうって人がいれば、一緒に歌いたいですし。



音楽ってやっぱり楽しい。
かじる程度にしておかないとまずいのは自分自身が一番よくわかっているので深入りはしないですが、「音で楽しませる人間」から少しずつでも「音を楽しむ人間」になっていきたいなーと思うのでした。
「音で楽しませる人間」はもう引退したし、ね。
どうも俺です。歯が痛い!

ぼちぼち年末ですが、いやー、お金が足りないです。
欲しい物が多くて、とてもとても・・・あぁ、彼女なんて作ってる場合じゃないってことですね、わかります。



とりあえず抜歯せにゃならん、そのお金が必要だ・・・
しかも2本分、左右両方ともぶっこ抜かないと痛くてご飯がおいしくないのです!
多分追加で治療しましょうとか言われちゃうんだろうなぁ、やだなぁ。
だって歯医者怖いんだモン。
あのネ、大の大人だって怖いものは怖いんだよ。ドリル音が怖いんだよ。
うあーん、怖いよー、行きたくないよー!でも歯痛いよー、ご飯おいしくないよー!

どうしよー!
早く歯医者行けって話ですよネ。



それとノートPCを買わねばなりません。主に録音・編集用。
音を録るとなるとそれなりの容量が必要なので、最低750GB、できれば1TBほしいところ。
そしてグラフィックはどうでもいい(スペックをあげると勝手に上がっていくグラフィック性能が憎い)ので、できればオンボードで安上がりに済ませたいところですね。
ざっくり調べた感じだと、ASUSが拡張性の高いノート出してるっぽいので、それを買おうかなーといったところです。
ひとまずそのまま使いますが、使用感によってはメモリを乗せかえるくらいかなぁ。
デフォルトだと4GB×1っぽいので、8GB×2にすればだいぶ余裕出ると思うんですよね。
使用者によってはSSDに乗せかえる、なんてやってるみたいですが、特に必要ないかな。
確かに早いに越したことはないんですが、それよりも容量(とコスト)が大事なので。



小さいミキサーを買おうかなと計画中。
ダイレクトモニタリングで返ってくる音がやっぱり生音そのままなので、録音があまり気持ちよくないんですよね。
なので、返しの声だけ軽くエフェクトをかけて気持ちよく歌いつつ、生音もそれですんなり録れればそれでいいのかな、といった感じです。
前回の「天ノ弱」を録った体感なんですが、どうしても「自分の声を聴こうとして声を張り上げてしまう」という俺の悪癖が出てるので、それの解消という目的もあります。
オケをPC付属の回路から出して、声はオーディオインターフェースからダイレクトモニタリングで出力、エフェクトは自前でかけて、ミキサーに2系統入力してMixしてヘッドフォンへ出力。こうすればレイテンシも考えなくていいので非常に楽だろう、という自分勝手な想像から。
思いついたらやってみろが俺の信条なので、やってみようと思います。勉強投資ー!

ここまで書いて「それならレイテンシ計算してやればいいんじゃね」的な事も思いつきましたが、そういう技術的な事はよくわからないのでここは大人らしく金の力に訴えようと思います。
まるでだめな大人。
だってそもそも返しの音が遅いのをどうやって早めるのさ、時をさかのぼるとかしないと無理じゃね?あたりまで考えて俺の思考は停止しました。生音いじりゃいいじゃねーか、で結論。

給料日が月末なんで、再来週かな。
再来週に機材を求めて各地をさまよう作業に入るんだ・・・
不思議なもんで、基本「誰かと一緒じゃないと出かけない」俺ですが、こういう買い物は一人でばんばんでかけていけるんですよね、出不精だっていう自覚はあるんですが、実に不思議です。



そんなこんなでお金を使っていたら、結局デート代なんてないんだろうなーと思うわけですよ。
ハァ、今年で2年連続のロンリークリスマスか・・・。

男は三十路からって本当ですかね?
それって「三十路っぽい魅力が備わっている人限定」とかじゃないですかね。
良くも悪くも若く見えてしまう俺の場合、そうじゃないんじゃないかと最近思い始めた始末。
要は三十代っぽくないんですよね、どうしても二十代後半に見えるというか。
嬉しいっちゃ嬉しいんですが、実年齢が判明した時に「エェー」というがっかり感が生まれるんじゃないかっていう俺の勝手な不安があるわけで、どうしたもんかなー。
まぁ、趣味も見つけたんで、まったりと趣味の世界に没頭してればいいのかな。
そんな事してる間に恋人作る時期通り過ぎたりしてね。まぁそれも俺らしいっちゃ俺らしいんでしょう。

あぁー。
クリスマスまでに、混まない場所でゆっくりまったりするのが好きな子と付き合いたいなー。
クリスマスっぽい事したい人は無理だろうなー、俺が疲れちゃうし。
DVD見てささやかにクリスマスパーティするくらいがいいなぁ。
・・・とか、考えても相手がいないんで無駄でした。やめましょう。



よし、頑張って生きるぞー!
こんばんわ、俺です。俺だ俺だ俺だー!おなかが痛いー!

体調がめちゃくちゃ悪いんですが、土曜日に録音してMixしたデータをアップしました。
スピンオフ・ヒーローを歌うつもりだったんですが、肝心のレコーディングの日になっても拍の取り方が上手くいかなかったので、あきらめて別の曲を・・・ということで、俺自身がすごい好きな曲を歌ってみることに。





以下言い訳。

録音環境が本当ひどかった。
まず歌を録った後、コーラスを入れようにも再生音源とのタイムラグがひどく、流しながら歌えるようなものではありませんでした。
なので、頭からのハモは諦め、中ハモを入れる事でお茶を濁す形に。あああ~。
頭からハモが入れてある部分は、パート分けで連続して歌った部分です。ほんと妥協妥協の繰り返し。



以下反省点。

歌を歌う、という観点で見て、拍を意識してないのが一番の問題でしたね。
ここまで伸ばす、ここで切る、ここはスウィングイメージして、とかいろいろあったはずなんですが、久々のRECだったこともあり、すっかり頭からさようならしてました。
次回はきっちりやらないといけませんね。

Mixに頼りすぎ、力技で何とかしようとしたのも反省点。
もうちょっと上手い具合にRECできてないと、Mixの時に苦労するんだなーという事がわかったので、次回はちゃんと厳選して声を選ぼうと思います。
何せ今回はほとんど一発録りのパートを使っていたので、完成度という点ではイマイチ。
環境のせいっていうのもあるんですが、これを克服できるのは早くて来月以降かな・・・うぐぐ。



最後に。

久しぶりに音楽に触れて楽しかった!これに尽きます。
どこぞの学園祭での「男子の女装」「女子の男装」に対して、性同一性障害の方に配慮が足りないという物言いがあったそうです。

毎度毎度思うのですが、配慮配慮って限度があると思うんですよ。
「この一部が気に入らない」でいちいち反応してたら、世の中出来る事なんてなくなりますよ。
片方を立てればもう片方が立たなくなるんです。だから協調しましょうね、っていうのが日本人の基本的な考えのはず。
自分さえ良ければそれでいいという考えであれば、そもそもそういう場に立つべきではないんです。
なぜなら、双方の落としどころを抑えた結論に辿りつかないのであれば、主義主張の交換なんて何の意味も成さないからです。
結果として、お互いに完全攻撃の理論しか持たず、何の解決にも繋がらない、いわば子供の口喧嘩状態になってしまうんですよ。
大の大人が公衆の面前で何をやっているのか、と思うくらいです。
ですから、そういう一方的な主張は誰も見てないところで、自己満足的にやって頂きたい、と思うのですね。

さて、本題に戻ります。

各個人が異性を演じるイベントに、性同一性障害の方への配慮が足らないという意見について。
俺はそうは思いません。
なぜなら、男装・女装をしている人たちに、そういった侮蔑の意思が一切ないからです。
要は、勝手にそう受け止めて勝手に憤っているだけなんです。
冗談を冗談と理解できない、なんでしたっけ、アルペルガー症候群でしたっけ?そんな感じに見えます。

あのね、エンターテイメントはエンターテイメントなんです。ひとつの催し物。
じゃあ逆に伺いますが、悲劇を演じたオペラに対して、本当に悲劇に遭遇した人に配慮が足りないと言うんですか?言いませんよね。
言うというのであれば歴史あるオペラを全部廃止してきてくださいよ、理性的な問題というのであれば、歴史なんてどうでもいいでしょう?
つまり、あくまで劇は劇、現実は現実なんです。
フィクションはフィクション、現実は現実なんですよ。
それを混同するのは、「ゲームでこういう事をする人間はいつかこういう事件を起こす」と主張する馬鹿と同じです。

近年、バーチャルリアリティという概念が確立して、確かに得られる情報は現実味を帯びたものが多くなりました。
しかしながら、その弊害として、仮想と現実を混同する人間が増えているのもまた事実。
さらに困った事に、その混同する人間のうち、目立つのはそういう主義主張を行う人間だという事実。

世間の大半は、仮想と現実を混同していません。
そして世間の大半は自分の主義主張を世に解き放つ事はしません。
だからこそ、声を大にして言える人間が、そんな現実世界から乖離した事を言っててはいけないんですよ。
それこそ、情報の撹乱といわざるを得ないんです。

仮想は仮想、現実は現実。そんなの区別できて当たり前なんです。
それでも「最近の若者はわからないから」などとのたまうのであれば、それは今の大人を責めて下さい。
人格の基本を形成する幼少期に、「今の若者」を育てていたのは、今更年期を迎える方々ですよ。
教育の結果を放棄して、本人を責めるとは片腹痛いというものです。
だからこそ「子供が子供を育てている」などと嫌味や皮肉を言う前に、自らの世代が何をどう教育してきたのか、一度振り返る必要があるのではありませんか。
これに対して反感を覚えるのであれば、それが図星だという事なのでしょう。
なぜなら、本当にすばらしい教育・子育てをしてきた方々は、このような文句を言われても敢然たる自信に溢れている方が多いですから。
むしろ、大衆の中にそういった杜撰な教育があった事を嘆いている方の方が多く感じます。
これは、30年そこらしか生きていない俺から見てもわかる事なんです。

主義主張をするのであれば、そこに揺らがぬ絶対の理性がある事、それが一番大事なのです。
自分の主張だけを通したいのであれば、そんなものはチラシの裏にでも書いていればよろしい。
本当に価値ある話し合い、意見交換というのは、相手の意見と自分の意見を交えて進化させられるものなのです。
その為には、互いに同じレベル、同じ次元で話す必要があり、前述したような幼稚で下らない主義主張を自信満々に語ってしまう方とでは成立しません。

片方だけを立てるのではなく、もう片方も立てる。
双方のメリット・デメリットを整理し、落としどころとして着地点を見つけなければ、この手の主張は何も意味を成していないのです。
仮に前述した問題について、強いて言うのであれば、互いに「これはフィクションだから」という点で、同じ目線に立つことができれば、何も問題ないのでは?というのが俺の意見です。



ほんと、いい大人がこんな幼稚な事で世間に主張を発信できてしまうのですから、ネット社会の発達も考え物ですね。
良い部分もあれば悪い部分もある。これもまたメリット・デメリットなのかもしれません。
きれいにまとまったので本日はこのあたりで。