河原からの帰り、おれは自転車でK町へと向かった。ユキのいる交差点にだ。辺りは薄暗くなり始めていた。
その途中で、制服姿の男子高校生たちがいた。例のオカルト研究会のメンバーたちだ。彼らがこちらに気がついたので、おれは自転車を降りて彼らに近づいていった。
「もしかして、K町の交差点の霊を?」おれは、彼らに尋ねた。
「そう。このまえ言ってたやつ」そのうちの一人が言った。山田だった。
「霊は出た?」とおれは続けてきいた。
「いや、全然」山田は首を振った。「気配すら感じられなかったよ。きっともう成仏したんだね」
おれはふと「高嶺」のことを彼らにきいてみようと思った。おれは彼らに「高嶺」の情報を教えた。
「高嶺? 知らないな」と山田は言った。
「その名前、知ってますよ」オカ研メンバーの一人が言った。
「まじか!」おれは声を上げた。
「自分の友人にその名字の男子が一人いましてね。小学校時代ですけれど。自分と同じ歳なので、年齢はほとんど合ってますよね」と彼は言った。彼の年齢は、おれとユキの一個下とのこと。
「彼はいまどこに?」おれはそう尋ねた。
「おそらく青森です」
「青森」とおれ。「ずいぶん遠いな……」
「転校しましてね。以前来た彼の年賀状があるので、住所はわかりますよ」もちろん、すでに引っ越している可能性もありますが……と彼は付け加えた。
その住所を教えてもらおうとしたが、個人情報ということで彼は渋った。とうぜんといえばとうぜんだった。
しかしここでスゴスゴと引き下がるわけには、おれにはいかなかった。降って湧いたチャンスだ。おれはユキのことを正直に話した。初めから全部。こんなことを言えば頭を疑われて病院への受診を勧められそうだが、彼らならだいじょうぶだと踏んだのだ。なんせ彼らはオカルト研究会なのだ。
「そんなことをされてたんですね、夏休みのあいだに」彼は目を丸くしていた。
「そうなんだよ」とおれは答えた。そうなんだよ。
「そういう事情ならば——」と彼は言った。「しかし条件が一つだけあります」
「条件?」とおれ。
沈黙が流れた。
「もしかしてオカ研への入会と引き換えに?」とおれは続けた。
「そういうことです」と彼は微笑んだ。
そういうことです、じゃないんだよ……。
しかしおれは承諾した (快諾ではなかったが) 。背に腹は変えられなかったのだ。
「そんなことが——」とユキは言った。
おれは、ユキのいる交差点にいた。周囲はすでに真っ暗になっていた。
さきほどのオカ研の連中とのやりとりと、「高嶺」らしき男の情報を手に入れたことをおれは話した。オカ研に入会させられたことは伏せて。そんなことをわざわざ話す必要などなかった。
「だけど青森なんてどうやって行けば……」とユキ。
「カネのことなら問題ないよ」とおれは言った。
「いくらでも貸してやるよ」と叔父は言った。「ただし、ここでバイトすることを条件にな」
「そう来ると思ったよ」とおれは答えた。
「踏み倒されたらたまらんからな」と叔父。
おれは翌日の午後、叔父の喫茶店のカウンターでアイス・カフェオレを飲んでいた。
「しかしお前まだ、あの霊にかかずらわってるのか?」と叔父が尋ねた。
「まあね」とおれ。「中途半端で投げ出すのがイヤな性分なんだよ」
「ふぅん」叔父は疑わしそうな目をおれに向けた。ふぅんってなんだ……。
「『高嶺』か……」叔父はグラスを磨きながらぼんやりと呟いた。「その名前、どこかで聞いたことがあるんだよな……」