翌日も、おれとユキは自転車でK町をまわり、高嶺家をあたっていった。しかし「高嶺」には会えず、彼についての情報も得られなかった。
 その日のうちにK町における高嶺家は全部まわり終えてしまった。おれたちは最初に目についた喫茶店に入り、おれはまたアイスコーヒーを飲んだ。ユキは頬杖をつき、窓の外を行き交う人たちを眺めていた。相変わらずの無表情でだ。
 つぎの日からは、範囲を拡げて高嶺家をあたってみた。つまりK町周辺の町も捜索の範囲に含めてみたのだ。
 おれは汗だくで自転車を漕ぎ、全身日焼けで真っ赤になっていた。一方ユキは、対照的にいつも涼しげな顔をしていた。
 しかし結局、「高嶺」を見つけることも、彼の情報を得ることもできなかった。
 一方、ネット上 (TwitterとFacebook) での情報収集も成果がほとんど上がっていなかった。とくにこれといったレスポンスもついておらず、あるいは黙殺されていた。
 ある日の捜索終わり、おれとユキは喫茶店のなかで涼んでいた。
 「この辺りにヤツはいないみたいだ」おれは言った。「きっとどこかに引っ越したんだろう」なんせユキと「高嶺」の関わりは、10年近く前の話なのだ。どこかに越していてもおかしくはなかった。
 ユキは頬杖をつき、窓の外を眺めていた。
 「悪いけど、日本全国を足でカバーなんてできないぞ」とおれは言った。「ネット上でなら、ともかくだけど」ただし足よりも成果は上がらなそうだ。
 「それなら」とユキは一呼吸置いてから言った。「仕方がないね」
 おれは吐息をつき、窓のそとを見やった。あまりの暑さで、人通りは死に絶えていた。まるでゴーストタウンだった。

 翌日は休みにすることにした。これ以上炎天下のなかを自転車で走っていたら倒れかねないからだ (もちろんおれがだ) 。
 その日の午後、おれは叔父の喫茶店にひさしぶりに顔を出した。報酬を上げてもらうため交渉をしようと思ったのだ。いくらなんでも二万円じゃわりに合わない。それなら市民プールの監視員でもしていたほうがまだいい。
 「その話は忘れてくれ」叔父はカウンターの向こうでグラスを磨きながら言った。
 「どういうことだよ」おれは尋ねた。
 昼下がりの店内に、客はまだいなかった。店にはジャズ・ピアノがいつものように流れていた。
 「陽子に彼氏ができたんだと」叔父は面白くもなさそうに言った。
 「どう関係があるんだよ?それとこれとが」
 「彼氏に毎日送り迎えしてもらうらしい」と叔父。
 「やれやれ」とおれは言った。やれやれ。
 「それにお前の話をきくかぎりだと、その子は悪霊ってわけでもなさそうだしな」
 「そういうわけで悪かったな」と叔父は続けた。「残りのカネもちゃんと支払おう」

 叔父の店から出たあと、おれは自転車で近くの河原まででかけた。
 おれはベンチのそばに自転車を停め、そこに座った。
 対岸を犬の散歩をしている人がいた。ジョガーがおれの視界をゆっくりと横切っていった。この暑さのなかよく走る気になれるな……。
 街からは海鳴りのような音が鳴り響いていた。遠くのクルマのエンジン音と室外機の音が混じったそれだろう。その音がおれは昔から嫌いじゃなかった。
 「もうユキを成仏させる理由はなくなったな」とおれは思った。叔父も陽子もそれを求めておらず、おれもすでに報酬はもらったのだ。
 だけど、とおれは続けた。おれが動かなければ、あいつはほんとうにこの世をさまよい続けることになるだろう。おれのような霊媒体質をもつ人間なんてそうはいない。
 仮に、彼女がなにか悪さをすれば、その手の人間がどこからかやってきて、あいつを成仏させるだろう。なにかしらの手段で (それはきっと、なにか強引な方法だろう) 。しかし、あいつがそんなことをするだろうか?
 「乗りかかった舟だ」おれは少ししてから思った。やれるところまではやってみよう。時間はどうせいくらでもある。カネだって叔父に頼めばいくらかは貸してくれるはずだ。たぶん。