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谷川ボッチの独り言ブログ

暇ブログとして、空いてる時間に思った事やその日の出来事など、適当に書いていきたいと思っていますので、良かったら適当に見てくれると幸いです。

親が色々と適当だと、その子供もまあ適当なもので、つまりは私の事を言っている訳だが、大人になって気付く事で、もう少し早く気づいていればと後悔する場面もたたあったりする。


例えば保険。
年を取ってから入るより若い内から入っておいた方がお得。しかし若い内は保険なんて価値観などない。遊びが先、物欲が先、保険など意味がない。そうやって年をとって後悔したりする。まあ人それぞれな話だが、そういった事を親などがしっかりと教えるべきではないかと、自分がいい年になって思う事がある。まあ結局は自分のせい、親が悪い訳でもない。しかし、教育現場でそういった事をもっと教えるべきではないかとは考えたりする。大人になるための授業が、日本の教育には少な過ぎる。


それまで子供として生きてきて、成人式でいきなり、
「今日から二十歳、あなた方はもう大人の仲間入りです」
精神や法的教育もままならないで、無責任に世の中へ放り投げるような事をするから、適当な大人と呼べない大人が増える。


二十歳になると選挙権が与えられる。
しかし、投票率を見るとどこもかしこもまあ酷いもの。投票所なんて井戸端会議の場でしかない。公民館みたいなもんだ。
若い奴等などいやしない。
それは教育が教えないからそうなる。
選挙・選挙権というものを、小さい頃から教える事でこれは変わる。


年金もしかり。
国の決まりだと言うならそれは、義務教育で教え込むべき内容。それをやらない文科省並びに厚労省、つまりは国の責任が大きい。


成人式に大人のレッテルを勝手に貼りつけるのであれば、大人として、社会人としての最低限のモラルと、大人としての権利と義務、これを充分に教え込んだ上で世に放たない事には大人として、国としてあまりにも無責任である。


教育がダメな大人を作り、ダメな大人が子を作り、育てればまたダメになる。更にダメな教育を受けてまたダメな大人を生む。
悪循環である。


その悪循環を断つにはやはり、教育の役割が重要である事は間違いない。



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