つづきですニコニコ

 

 

 

私は1981年に東京の田舎町で生まれました。

 

父みつひこ(私の名前ミツミのミツは父の名前からもらったもの)母としえの間の第一子。

 

生まれた頃の記憶はありません笑。

 

歓迎されて生まれて大切に育ててくれたと思っています。

 

 

 

ただ、自分も結婚や子育てを体験している今なら感じ方も違い理解も違いますが、

 

私の両親は精神的にも感情的にもまだまだ未熟、夫婦喧嘩に借金問題、、、子ども心に家族生活の中で恐怖や不安を感じたり心を痛める出来事がいつもありました。

(わかるわかる、の方きっと多いよね、、、?)

 

 

 

 

一方母としえは埼玉県の田舎町で、大きな農家の第一子として生まれました。

 

上はひいひいおばあちゃんまで、 おじさんおばさんまで一緒に暮らすかなりの大家族で育ったのこと。

 

人間だけじゃなく、牛とか鶏と蚕にへび、、、いろいろいたようです。

 

 

 

まだその時代は男の赤ちゃんが望まれる時代だったようで、3つ下の弟(長男・私のおじさん)との扱われ方の違いに劣等感などネガティブな感情を抱えていたとのこと。

 

さらに“女は手に職”ということで、大学進学して教師になる夢が叶わなかったことが

(今でも、、、キョロキョロ)心残りのようです。

(母は洋裁の道へ。今のASOBIKOKOROにつながっています)

 

 

 

そう言えば、“女はいずれこの家から出ていくと言われながら育った”と子どもの頃よく言っていたなぁ、、、

 

そしてそれを聞いていた私は母から何やら悲しみや寂しさのようなものを感じ取っていたのだったなぁ。

 

 

 

 

母は、"いずれこの家を出ていく”に加えて“不器量”と言われていたらしく、

 

父と出会った時は“この先結婚の機会はない”と言うようなことを感じていたみたい。

 

家から逃げるように結婚した、と言っていた(ような気がする。記憶って曖昧ですね。笑)

 

 

 

 

しかし現実はシンデレラのようにはいかず、私がお腹の中にいた新婚時代に、色々問題が勃発したようです。

 

そしてそこから数年前まで父と母の長い冷戦状態は続きましたキョロキョロ

 

 

 

 

 

改めて文字にしてみると、私自身なんだか本当に1つの物語を読んでいるようで面白い。

 

 

数年前まではこの私目線の物語の中に入り込んでいたので、もっと感情が動きました。

 

 

 

だけど今は、“私の記憶によると、、、”とか、“私がそう感じただけ“みたいに、

 

当時の私の小さな世界で日常的に目の前で繰り広げられていた、そしてその後私の感情や思考・行動のパターンを創り上げるまぁまぁ大きなきっかけになったドラマ(両親の、というより子ども心には“母の”という偏った見方だったんだと思う)は、

 

 

ただの外側の物語で、感じ方も受け取り方もいくらでも変わっていくし自分で変えることのできることなんだ、と

 

 

 

気軽に読める漫画のような感覚になりましたウインク

 

 

 

 

③につづく(と思う。 笑)

もうすぐ母の日(今年は5/10)ですし、読んでくださった方で何かよみがえったご自身の思い出などがあったら、よかったらコメントくださいニコニコ

 

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