
内田 樹著書の【日本辺境論】を読んで。
日露戦争までの日本人、幕末から明治時代末期までの日本人、
すなわち、開国から先進列強諸国に東洋の小国が対等に対峙できるようになった第一次世界大戦頃までの我々が一番偉かったと司馬遼太郎等は説いています。
その理由は、その時代はcatch-upであり、辺境人にはそれが得意であるからとこの書では語られています。
当時の世界最強海軍の英国との同盟が日露戦争の勝利をもたらした。清国の利権を独占せず、当時の西欧諸国以外の国々が市場参入において平等であり、競争的であることを日本は、自国権益を求めるロシアとは異なり、認めました。
国際協調という概念に日本は倣った訳です。
しかし、その後のベルサイユ講和条約では、ウッドロウウィルソン、ロイドジョージが説いた、軍縮に向かうという国際新秩序に対しての理解そのものが出来なく、何の提言も出来なかったと聞きます。
その後日本は、新しい概念の流れにはのれず、
自国の権益だけを主張し、敗戦国ロシアが取った旧外交を逆に推し進め、韓国併合、南満州国建国、清への侵略、インド、フィリピンへの侵略といったように領土的野心を持つようになります。
当時の日本は生き延びるという事が最優先で、国際社会でのいかなる責務を果たす事が出来るかという新しい概念、理念の構築が出来なかった。
それも、日本人が辺境人であるからと考えれば納得が出来てしまうと著者は説いています。
習う事は得意であるが、自国の国家像、新しい概念の創造が苦手。
なるほど・・・