自分にないものを数える限り、感謝なんて湧いてこないし、幸せなんて溢れてこない。

もう何年も前、

足を動かすことができないおばあちゃんに言葉を書かせて頂く機会があった。

※僕は元々路上詩人で、「あなたを見て言葉を書きます。」っていう書道パフォーマンスをやってました。


足を動かせないからかおばあちゃんの顔は険しく暗い。

ミュージックで言えば、

昭和枯れススキ。

そのおばあちゃんの口からついて出てくる言葉は、

「足が動かせないからあれができない。」

「足が動かせないからこれができない。」

僕は迷った。

どんな言葉を書こう?と。

この時、ひらめいてた言葉は、

「ないものを数える毎日より。あるものを数える毎日を。○○さんには温かい心と手がある。その温かい心と手は多くの人の幸せのきっかけになれる。」

こんな感じ。

でも、僕はこのメッセージを書くかどうかめっちゃ迷った。

なぜなら、

人生の大先輩に気付きを与えるような言葉は失礼じゃないか?

自分は足を動かせなくなった経験はないのに、こんな言葉書いてもええんか?

そんな考えが頭をよぎり、迷いが生まれた。

でも、思った。

書き下ろしは一期一会。

この瞬間を逃したら一生伝えれなくなる!

そう思い、

ひらめいた言葉をストレートに書いんです!

そして、出来上がった作品を読み上げ、

おばあちゃんに渡す時、一声かけた。

「○○さん、足が動かせなくても手がありますよ。」

「○○さんの温かい心と手があればできることがありますよ。」と。

すると、おばあちゃんの顔に光が射したように、

パァァッと明るくなっていったんです。

そして、おばあちゃんはニコッと笑いこう言ってくれたんです。

「そうやんね。私、手があるわ。足が動かんくても手があるわ。」

「この手でできることがたくさんあるわ。」

僕はその言葉を聞いて、とってもうれしくなりました。

ミュージックも昭和枯れススキからチューチュートレインに変わってました。

人は放ってたら、

ないものを数える癖がある。

ないものを数えてる時、そこに感謝や豊かさはない。

でも、

ないものを数えることができるということはあるものを数えることもできるということなんです。

今、色んな幸せになる方法がありますが、

究極はこれしかないんです。

あるものを数える。

これだけで人は一瞬にして豊かさと感謝に包まれるんです。


今日もあなたの人生が絶好調に幸せでありますように☆