「金髪」「まだら狼」上田馬之助氏・死去 | みつぐの「蒼穹の果て」

「金髪」「まだら狼」上田馬之助氏・死去

「金狼(きんろう)」「まだら狼」として当時のアメリカマット界、そして新日本プロレス・
全日本プロレスを渡り歩いた元悪役レスラー・上田馬之助(本名・上田裕司)氏が
21日、大分県臼杵市の病院で亡くなった。
享年・71歳。

1960年に相撲界から、力道山率いる「日本プロレス」に入団。
力道山の死後、アントニオ猪木は「新日本プロレス」、ジャイアント馬場は「全日本プロレス」を
それぞれ設立。事情はどうあれ、両エースを失った日本プロレスは瓦解し、その残党の多くは
馬場の全日本プロレスに吸収された。

その後、単身渡米。プロフェッサー・イトーのリングネームで日系悪役レスラーとして
アメリカマット界で成功を収め、帰国。
日本では髪の毛を金髪に染めた「まだら狼(のち金狼)」のキャラクターで、当時の
プロレス界では悪役の筆頭だった「タイガー・ジェット・シン」とコンビを組み
新日本プロレス・全日本プロレスを荒らしまわった。

1996年、東北自動車道で不慮の交通事故に遭い、首から下は全く動かせないほどの
後遺症を負う(のち、車椅子で動けるまでには回復している)。
事故車を運転していたIWAジャパン(当時のプロレス団体)の営業部員がその事故で
亡くなったという知らせを聞いたとき上田は「俺が死ねばよかった。なぜ人生これからという
若い奴の方が死ななければならなかったんだ」と号泣したという。

現役中は「悪役レスラー」として有名を馳せた上田氏だが、もともとは関節技を主体とする
ストロングタイプのレスラーだった。が、試合内容が地味なため猪木、馬場、坂口などの
スターレスラーからは人気の面で大きく遅れをとっていた。

マット界では「悪役レスラー」のイメージの強い上田氏だが、現役の頃から
障害者施設などへの慰問は欠かさず、訪問先の子供たちには慕われていた。
マスコミから「この施設慰問のことを記事にしてもいいか?」と問われたとき
「自分の悪役のイメージが壊れるから記事にはしないでくれ」と断ったという。
まさに事実上の「タイガーマスク」ではなかっただろうか。

2011年12月21日、永眠。

さようなら。せめて、安らかに。