キール | 春永昼猫のブログ、小説

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キール 

うだるような熱波が日本全土を覆う真夏、今年も花火大会の季節がやって来た。
花火大会会場の周りでは露店が並び、浴衣に身を包んだ恋人たちや家族連れで賑わっていた。

場末のBAR M&Nも、今夜はキッチンカーを準備し、みつはいそいそとカクテルの準備にいそしんでいて、ねねはというと…

「いらっしゃいにゃせー!!いらっしゃいにゃせー!!今宵のBAR M&Nは、ビールにハイボール、サワーに酎ハイもやっちゃうよー!!」

と看板猫の本領発揮していた。

そんなみつ達の目の前に、浴衣姿の初老の婦人(サナ)がやって来た。

「こんばんは、うふふ、老人にはこんな長い道は大変だわ、冷たいの何か下さいな。」

「こんばんは、何にいたしましょう?」

客引きをしていたねねも、暑いのがこたえたのか、

「暑いにゃね、チキューも、毛皮を被っている者の身になって欲しいにゃんね!」

「あらあら、この子は看板猫?暑いのに大変ね、撫でたいけど無理かしら?」

お水をこっくんと飲んだねねは、一言。

「ねね様は、サービス旺盛にゃん!どーぞ!」

「ありがとう…あっ、モフッとして気持ちいい…!」

あごに、背中に、お腹にとまんべんなくねねを撫でまくるサナに、ゴロロンゴロロンと喉を鳴らし喜ぶねね。

「ところで…誰かと待ち合わせですか?」

「待ち合せねー、昔なら嫌という程したかも。うふ、この年になるとね、人肌恋しくてこんなところにも来ちゃうのよ…。」

「嫌という程待ち合わせしたとは?」

「私の旦那よ。」

サナは花火大会の通りを見つめながら静かに語り始める

「旦那とはね、共学の高校で友達の友達として、花火大会で出会ったの。仲は良かったんだけれども、これといってそれ以上の関係にはならなくて、あっちは県外の大学、私は地元の専門に入って、別の会社のサラリーマンとОLになったんだけど、ある年の花火大会でばったり再会してね、意気投合して、飲み仲間になったんだけど…。」

「けど?」と聞くねね。するとサナはぷうっと口を膨らませて続ける。

「あの人ったら、待ち合わせ時間に必ず遅れてくるの!
ひどい時は、予約していた高級なお店が閉まる直前までよ!!」団扇をはためかせながらサナが続ける。

「ひどいにゃ!猫パンチもんにゃ!!」ねねもサナに同調して怒っている。

「ある時もそう、こんな暑くて賑やかな花火大会の日だった。
私は、あの人に喜んでもらいたくて奮発して買った新作の浴衣に、履きなれない下駄だったんだけど、長距離歩いて下駄の鼻緒で足の指の間が痛いわ、暑いわ待ちくたびれるわで散々だったわ。」

「でも、そこへあの人が来て、怒ってた私は文句の一言も言ってやろうかしらと思ってたら、開口一番に、結婚してください!って…そして両手には何と、赤い薔薇を一輪と、エンゲージリング(婚約指輪)が…。その瞬間、ぱぁっと花火が見事に咲いて、夢みたいだったわ…。そして、思わず涙が出てしまって、「はい」って言ってしまったわ。」

「す…素敵ぃ!!」
みつとねねは感嘆した。

「あれから、すぐに入籍、結婚、難産だった出産に、慣れない育児にも増しての家事の大変さ、娘の反抗期、パパ嫌いって言ってたわ。それに…、旦那が会社の部下と浮気して離婚の危機…、ふふっ、おかしいもんでしょ?でもね、あの人ったら、娘の婚約の時、柄にもなく娘の旦那になる人に娘はやらないって言ってたのよ、イマドキおかしいでしょ?娘のこと、ちゃんと愛してくれてたのね。それに、私は、あの人のことが憎かったけど、心のどこかでは愛していて、許していたのかもしれないわね。」

「でもでも、大事な一人娘にゃん!」

「でもね、別れはあっという間に来るわ、あの人が何をしたっていうの?心筋梗塞でバッタリ倒れて、虹の橋を渡ってしまったわ…それも花火大会の日にね。そう、花火大会は私にとって特別な日だから、今年もここに来たのそしたら、こんなBARがあってビックリよ!」

「きっとなにかの巡り合わせにゃんね!」

「それでは、亡きご主人をしのんでカクテルをお出ししますね。」

材料…白ワイン…60㎖
   クレームド・カシス…10㎖

作り方…フルート型シャンパン・グラスに冷えた白ワインとクレームド・カシスを注ぎ軽くステアする。

キール11度中口の出来上がり。
白ワインにカシスの甘い香りが溶け合い上品な味わいに。

「どうぞ、キールのカクテル言葉は最高のめぐり逢い、胸酔です。」

「頂きます。」

サナが、つーっとキールを飲んでいると…

「あー!お母さん!来てたの!?」

サナの娘夫婦らしき人たちがキッチンカーに寄ってきて、

「ねーねー、私も一緒に飲むよ!!」

その刹那、ドーン!パチパチ!!

そしてまた大輪の花火が咲き誇った。