・・・ 港町アカプルコの酒場 ・・・
酒場では、ギターを抱えた陽気な笑顔の若者が、これまた陽気な音楽を奏で、酔った男女が陽気に踊っている。
この国の人々は、奥州の米から造った酒とは一味も二味も違う、竜舌蘭や麦から造った酒を呑んでいる。
ビールを飲む、サムライ。
テキーラを飲む、十兵衛。
港町アカプルコの酒場には、不思議な光景が良く似合う。
「竹山(ちくざん)、おりん、お前たちは何者だ?徳川幕府が、政宗様の陰謀を暴くために送り込んだ刺客なのか?事の次第によっては、お前達を生かしておくわけにはいかん。さあ、素性を詳しく話してもらおうか!」
「十兵衛様、どうか話を聞いてください。私は徳川幕府の刺客ではございません。私は・・・私は・・・。」
「おりんや・・・、いいのじゃ。十兵衛様、この竹山が全て説明いたします。」
「竹山様・・・。」
「十兵衛様、まず、この竹山の顔に見覚えはございませんかな?」
「お前の顔に見覚えだと?」
「十兵衛様は、まだ幼かったので、この老いぼれの顔は覚えていませんかの。」
「オレが、幼かった・・・」
「さようでございます。あの頃から、いつも刀を振り回して元気がございました。ところで、白石城の堀に古い大木があったのは覚えておりますか?そこから、ひらひらと舞い落ちる枯葉を、地面に落ちる前に二つに切れるようにはなりましたかな?」
「何?なぜ、その事を知っている。竹山、まさか、あなたは・・・」
「思い出されましたかな。十兵衛様が幼い頃、剣術を教えておりましたのは、この竹山でございます。そして、我が一族は代々、白石城城主の片倉家に使える忍びでございます。」
「先生・・・。あなたは、あの時の先生なのですね。しかし、なぜ?なぜ、私の前から姿を消したのです。」
「忍びの一族は、いわば、影の存在でございます。おりんも、伊達家を守る忍びの一族の生まれでございます。幼少より暗殺術を教えこまれ、14歳の時、政宗様より特別な使命を預かりました。それは、徳川家康の暗殺。同時に、この竹山も片倉小十郎様より使命を預かりました。おりんの身に何かあった場合の証拠隠滅でございます。政宗様の陰謀が決して世に出てはいけない、という小十郎様の考えでございました。おりんは、あと一歩のところで暗殺に失敗してしまい、徳川の忍びに捕らえられそうになりました。そこで、この竹山が影から助け船をだしたのですが、その時、徳川の忍びが放った毒矢でこの両目を失ってしまいました。運よくおりんは徳川の屋敷から逃亡できたのですが、本来ならその後、証拠隠滅の為おりんの命を奪うのが忍びの掟。しかし、家康暗殺の為だけに生きてきた14年間、おりんの気持ちを思うと、どうしてもわしにはできんかった。そこで、山中で倒れているおりんを助け、三味線一座として東北各地を放浪しておりました。」
「竹山様・・・。わたくしの事を全て知っていらしたのですね。なぜ、今まで何もおっしゃってくれなかったのですか?」
「おりんも、わかっておるじゃろう。忍びが素性を明かしたときは、命を捨てるとき。何も知らない方が都合が良い時もあるのじゃ。十兵衛様、どうか事情を察してくださいまし。」
「竹山先生、事情はわかりました。しかし、何ゆえ、このエスパーニャへの一行に紛れこんだのですか?」
「家康暗殺の真実を知っておるのは、この竹山と小十郎様だけでございます。政宗様や徳川の忍びには、おりんは死んだことになっております。三味線一座として東北各地を放浪しておりましたのも、素性を隠すため。小十郎様とも、あれ以来、一度も会っておりません。しかし放浪をしているとき、十兵衛様が支倉様とエスパーニャへ船で旅立つ、との噂が耳に入ってきました。十兵衛様の身に何かあってはと心配になり、真相を確かめるべく、小十郎様へ使者をおくりました。小十郎様の手紙には、十兵衛様に気づかれぬよう船団に紛れ込み、支倉様と十兵衛様の身を守ってくれ、と。おりんにとっても国を出ることは好都合。そこで、三味線一座と遊女として、船団に紛れ込んだ次第でございます。」
「竹山先生、そうだったのですか。今まで、影より身を守ってくれていたとは・・・、かたじけない。まだまだ、この十兵衛、未熟者でございます。」
「いえいえ、十兵衛様、先ほどの立ち回りは、さすがでございました。立派な剣術者になられて。舞い落ちる枯葉は、とうの昔に切れるようになったのですな。」
「はい。先生の教えに従い、毎日剣術の修行を続けてまいりました。それはそうと、竹山先生がこれからも一緒とは心強い。今宵は、再会を祝して飲み明かしましょう!」
「それもいいですな。しかし、このテキーラというのは、奥州の酒とは違って、不思議な味わいがありますな。」
「たしかに。おい、ソテロ、この酒は何で出来ているんだ?」
「ジュウベエ サマ、テキーラ ハ リュウゼツラン トイウ ショクブツ カラ ツクリマス。ビール ハ ムギ カラ ツクリマス。」
「麦は知っているが、リュウゼツラン(竜舌蘭)というのは、一体どんな植物なんだ?」
「リュウゼツラン ハ トゲ ガ アル、サボテン ノ ヨウナ ショクブツ デス。」
「サボテンというのもよく分からないが、とにかくトゲがある植物なのだな。そんな植物で酒が造れるとは。異国は不思議なことばかりだな。おい、常、お前もテキーラとかいう酒を呑んでみろ。」
「十兵衛、昼間、盗賊に襲われたというのに、お前はよく暢気に酒が呑めるな?」
「いいではないか。竹山先生も、いることだし。これで、どんな盗賊が来ても、盗賊の方が可哀想ってもんだ。」
「まあ、長い船旅だったしな。今宵は好きなだけ飲むか。おい、皆のもの、今宵は飲んで食べて、十分に疲れを癒してくれ!」
ギターを抱えた陽気な若者に、三味線を抱えた竹山も加わり、陽気な音楽に、津軽の音色も加わる。
陽気に踊っている男女に加わり、おりんは舞を舞う。
陽気な音楽に、どこか哀愁のある音色。
歓喜の舞。
テキーラと侍。
幻想的な光景。
港町アカプルコと侍の出会い。
つづく。