支倉常長とゆかいな仲間達 ~エスパーニャへ第14巻~ | MITSUのブログ

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ニューヨークの路上で鍛えられたBlues Manの日記。

タスコとタコス。

地名と食名。

似ているようで、似てはいない。

言葉と現実。

商人になりすました、忍びが動き出す。


「ミナサン、ココ ガ 《タスコ》 ノ マチ デス。ワタシタチ ハ、アノ オカ ノ ウエニ アル フランシスコ カイ ノ キョウカイ ニ トマリマス。」

「ここが、銀の街《タスコ》か。やはり、活気があって賑やかだな。」

「ハセクラ サマ、ワタシ ハ コレカラ 《ドン・ペレス》シキョウ ニ アイサツ ヲ シテキマス。」

「この街にあるフランシスコ会教会は、ドン・ペレス司教という方が治めているのだな。それならば、私も使節団の代表として一緒に挨拶に行こう。」

「ハイ、ソレデハ イッショニ イキマショウ。」

「十兵衛、俺はソテロと司教に挨拶に行ってくる。あとの事は、お前に任せた。」

「常、承知した。皆は、旅で疲れていることだ、食事でも取って休ませよう。」


タスコの街中、支倉と十兵衛は分かれた。

ソテロと支倉の二人は、教会にいるドン・ペレス司教に挨拶へ行くため使節団と別れ、残りの従者や十兵衛達は各々良い匂いのする屋台へとぞろぞろと食事に向かった。

十兵衛や竹山が食事をしながら周りに目を光らせていると、1人の猫背の商人が目に入った。

その男は、他の商人仲間と談笑しながら食事をしているのだが、どこか違和感がある。

長い航海中、ソテロから習い紙に書き写したエスパーニャ語と、街の看板をしきりに見比べているだ。

それだけなら、他の商人同様、日本から持ってきた品物を売るため、店屋の種類を確かめているだけに思われるのだが、やはり他の商人とは何かが違う。

その男が座っているのは、6人掛けのテーブルの道沿いの一番端。

商人たちが持参してきた自分達用の箸を、テーブルの道側の端に置き、その上に軽く手を置いている。

テーブルから片足だけを道の方へだし、椅子に座っているにも関わらず、いつでも立ち上がれるように軽く力を入れ踏ん張っているように見受けられる。

その体勢のまま、10分以上も他の商人たちと談笑しているのだ。

談笑している笑顔と、顔より下の筋肉の緊張感との微妙な違い。

他の者には分かりにくいが、十兵衛やおりんには、一目瞭然だった。



「十兵衛様、向こうの店で食事をしている商人達の中に、気になる者が1人いるのですが。」

「やはり、おりんも気づいたか。確かにあの者、商人にしては座り方や動作に隙が無さすぎる。竹山先生、どう思われますか?」

「うむ、向こうに座っている6人の商人の中で、1人だけ食事しているにも関わらず、無駄な音をあまり発しない者がおるのぉ。おりんや、その者はどこに座っておるのじゃ?」

「はい、竹山様、テーブルの道沿い側の端に座り、片足を道の方へだしています。」

「なるほど、いつでも確実に逃げられるような場所を選ぶ、忍びの基本的な座り方じゃな。テーブルの上はどうなっている?」

「商人たちは、自分達用の箸を全員持参しているようで、それで食事をしています。ただ、5人の箸は皿の上に置いてあるのですが、1人だけ箸をテーブルの端に置き、その上に自分の手を置いてます。」

「ほほう、突然敵が襲ってきても、その箸で目を突いて、敵が怯んだ隙に逃げられる、ということか。なるほど、商人にしては、ちと不自然じゃのぉ。」

「竹山先生も、やはりそう思われますか。」

「うむ、ここはひとつ芝居でも打ってみますかのぉ。」

「と言いますと?」

「おりんや、一座の者達に、こう伝えてくれ。あの商人達と同じ店に行き、酒を呑んで、仲間同士で喧嘩を始めるようにと。」

「わかりました。」

「もし、あの者が忍びならば、喧嘩が始まった瞬間、箸を手に握り、一番早く店から外に出るだろう。幼い頃から体に染みつくまで叩き込まれた忍びの習性は、そう簡単には隠せない。反射的に体を動かすはずじゃ。」



かくして、三味線一座の者たちは、いつものように酒を呑み、店の中で歌い始めた。

何事かと集まってきた地元民も加わっての、どんちゃん騒ぎの始まりである。

宴もたけなわになってきた時、急に皿の割れる音が聞こえた。

一座の者が酔っ払って、喧嘩を始めたのである。

まあ、酒に酔って騒いだり喧嘩をするというのは、いつもの事といえばいつもの事なので、周りの商人たちはあまり気にせず、逆に喧嘩を肴にまた酒を呑んで騒ぎ出した。

しかし、冷静に店の外に出たものが1人だけいた。



「おりんや、あの者はどうした?」

「はい、手に箸を握ったまま、一番早く店を出ていきました。そして、それが酔っ払いの喧嘩だと分かると、何食わぬ顔で商人たちのテーブルに戻り、何事もなかったように会話を再会しました。」

「やはり、そうか。徳川の忍びは、あやつでほぼ間違いないな。」

「竹山様、どういたしましょうか?」

「ふむ、あからさまに尾行すると、恐らくすぐバレてしまうだろう。」

「たしかに。相手は、徳川の忍び。そう易々とスキは見せないでしょう。竹山先生、何か考えはございますか?」

「十兵衛様、わしに、ひとつ考えがあります。」

「何でしょうか?」

「この100人近い使節団が、一つの部屋で寝泊りすることは、ほぼ不可能。恐らく、いくつかの部屋に分かれて寝泊りすることになるでしょう。」

「そうですね。」

「そこで、あやつの部屋を、教会の出入り口から一番近い部屋にしてくださいませ。」

「出入り口に近い部屋ですか?」

「そうです。そうすれば、夜、容易に教会を抜け出せるはずです。」

「油断させるわけですね。」

「さよう。徳川の忍びとはいえ、ここは異国の地。ここまでの命がけの旅を考えれば、この先も、どうなるのかわからない。それならば、この千載一遇の機会に一刻も早く秘密を手に入れ、江戸へ戻りたいはず。」

「なるほど。」

「わしら一座は、その隣の部屋に寝泊りいたします。教会の外にも、わしの手の者を一晩中待機させましょう。あやつが動きだしたら合図をだし、その者に尾行させます。」

「竹山様、私は今から、尾行に必要なインディオが着ている着物を調達してまいります。」

「ふむ、おりん、頼んだぞ。それと、もう一つ頼みがあるのだが。」

「なんでしょう?」

「平吉にも、少し手伝ってほしいのだが。」

「平吉さんですか・・・?」

「さよう。皆が知っているように、平吉は、おぬしを好いておる。そこでじゃ、将来、平吉と一緒にこの地で商売をしたいから、商人たちから商いのいろはを学んで欲しい、と、こうこっそり伝えるのじゃ。」

「私が・・・、平吉さんと・・・。」

「おぬしも平吉の事、まんざらでもないのであろう。アカプルコの一件で、既に平吉にはおぬしの正体がバレておるしのぉ。」

「でも、平吉さんが危険な目にでもあったら・・・」

「それは心配いらん。平吉の役目は、四六時中、商人たちに付きまとって、商いの事を聞くだけじゃ。そうすれば、あの徳川の忍びも、皆の手前、相手をせざるをえんだろう。」

「さすが、竹山先生。昼間、平吉が付きまとえば、その間、妙な動きを封じ込めるというわけですな。」

「そうです。あやつは、必然的に夜、行動を起こすことになるでしょう。」

「でも、平吉さんに、そんな事を言ったら・・・。」

「おりん、おぬしは、追っ手から逃げるために、この使節団に紛れ込んだのだろう?」

「はい、十兵衛様。」

「奥州に戻れないことは覚悟の上。既に、この異国の何処かで生きていこうと決心しているのだろう?」

「はい・・・。」

「それならば、忍び以外にも、何か生きるための方法が必要なのではないのか?」

「・・・」

「平吉は、お前と一緒ならば何処にでも行く気だぞ。異国の地で生きていくために、商いを学ぶことは悪いことではない。ここらで、将来の事でも考えてみたらどうだ?」

「将来・・・」

「ここは日本ではない、異国の地。追っての心配もいらぬ。おぬしは、もう自由なのだ。おりん、わかっておるのか?」

「自由・・・」

「そうだ、自由だ。おりん、過去を忘れて、未来を生きろ。自分の人生を見つけるんだ。」

「十兵衛様、私は今まで、家康を暗殺することだけを考えて厳しい忍びの修行に耐え、暗殺を失敗した後は逃げまわるだけの人生でした。急に、自由や将来と言われても、どうすればいいのか・・・。」

「なぁに、時間はたっぷりある。少しづつ考えていけば良い。何も、今すぐ平吉と一緒になれと言っている訳ではない。そういう選択の未来もあるということだ。」

「私の未来・・・」

「まあ、漁師と女を追っかけることしかできない平吉にとって、少なくとも商いを学ぶことは、今後、役にたつだろうしな。」

「平吉さんに危険がないのであれば・・・、これから一緒に買い物に誘って、そのときに話してきます。」

「おりん、顔が少し赤くなっているぞ。」

「十兵衛様、からかわないでください・・・。」

「たしかに、そろそろ、おりんの将来の事も考えねばならんのぉ。」

 


商人の人生。

漁師の人生。

侍の人生。

忍びの人生。

自由という名の、未来。

そこにあるものは、本当の自由なのか。

それとも、自由という名の不自由なのか。

1つだけ確かなのは、自由を手にしなければ何も分からない、という現実だけ。