支倉常長とゆかいな仲間達 ~エスパーニャへ第9巻~ | MITSUのブログ

MITSUのブログ

ニューヨークの路上で鍛えられたBlues Manの日記。

航海80日後・・・太平洋と嵐・・・


海の深さは、闇の深さ。

闇の中では、星さえ見えぬ。

光は、灯り。

自分を失い、針路も失う。



「あ゛……」

「う゛……」

「わ゛……」

「一助、うるさいっ!静かにしろっ!」

「あ゛……」

「う゛……」

「わ゛……」

「だ・か・ら、うるさいっ!あ~、イライラする。それを、やめないとぶっとばすぞ、一助!」

「しょうがないだろっ、三助!3日間、何も食べてないんだからっ!水もないし、暑いし、ほっといてくれ!」

「何だと~っ!」

「ほっといてくれって、言ってるんだよっ!」

「何も食べてないのは、おらぁだって一緒だっ!とにかく、お前は『あ゛~』とか「う゛~』とか、うるさいんだよっ!」

「あ゛~、って言ってる方が、黙っているより気がまぎれるんだよっ!黙ったところで、どうせ波の音しか聞こえないじゃないかっ!」

「だ・か・ら、その『あ゛~』が、イラつくんだよっ!」

「だったら、三助が向こうに行けばいいだろっ!」

「何だと~っ!」

「これこれ、お前達、喧嘩はよせ。お前達の言い争いが、一番うるさいぞ。ただでさえ、食料が底を尽いて、皆がまいっているんだ。少しでも、体力の無駄遣いはよせ。」

「十兵衛様、すいません。だって一助が黙らないから…」

「三助が、言いがかりをつけてきたんだろっ!」

「これこれ、だから喧嘩はよせ。もうすぐ、メキシコが見えてくるはずだ。もう少し、辛抱せんか。」

「十兵衛様、そんなことを言っても、全然、陸が見えないじゃないですか。」

「いや、もうすぐ見えてくるはずだ。騒いだところで、ここは海の上。どうしようもないことは、お前達もわかっておるだろう。どちらにせよ、我々は前に進むしか道はないのだ。」

「それはそうですけど…」

「ところで、平吉、魚は釣れたか?」

「十兵衛様、全然ダメです。たぶん、ここら辺の海にいる魚は、石巻辺りの魚とは種類が違うんだと思います。魚の習性が違うので、オラの釣り方ではダメなんです…。」

「そうか。しかし、あきらめないでくれ。今となっては、お前が頼りだ。」

「わかりました。今、釣り方を他の者にも教えて、20人でやっていますが、もっと人数を増やしてみます。」

「平吉、頼んだぞ。」


船内に残された食料も、とうとう底をつき、空腹との戦いが始まった。

イライラしだす者、
ブツブツとうわ言をしゃべる者、
喧嘩をしだす者、
横になったまま死んだように起き上がらない者、
船の一部をナイフで削り、その木片を食べだす者、
一日中、釣竿を海にたらす者。

徐々に、船内の秩序は崩れ始めてきた。

人間の本能とは、恐ろしいものである。

ほとんどの船員の思考は空腹によりどんどん鈍くなり、秩序を守る、目的を果たす、といったことは、本能の前ではあまり意味のないものになっていく。

逆に表に出始めるのが、生存するため、奪う、争う、という、動物と同じ生存本能。

中には、理性と生存本能が互いにぶつかり合い、生存本能を理性が押さえつけようとするが押さえつけられず、精神がバラバラに絡み合い、無気力に寝たままになる者も現れる。

その中で、幼少より厳しい鍛錬を生き抜いてきた、支倉常長や熱海十兵衛などの侍の一部が、唯一、理性を保っていた。

それもどのくらい持つのか、誰にもわからない。

ソテロが言った、メキシコ・アカプルコまでの80日間の航海。

今日が、その80日目。

10日前、すでに船員たちは長い船旅の疲れと食糧不足で、憔悴していた。

それを支倉常長が、あと10日の辛抱でメキシコに到着すると、船員達を鼓舞したのだ。

メキシコには、沢山の食料があり、水も酒もたっぷりあると。

最後の希望にしがみつき、あれから10日間生き延びてきた。

しかし、その希望すら崩れ始めている。

希望を失った人間は、どうなっていくのだろうか?

考えることをやめるのだろうか?

狂ってしまうのだろうか?

空と海と船と人がくっついて、一つになるのだろうか?

奇跡を夢見るようになるのだろうか?

答えはわからない。

もしかしたら、答えは全部かもしれない。

どちらにせよ、人間として、集団として、理性として、の境界線を、もうすぐ通り過ぎようとしていた。



「常、もう船員達は限界だ。ここまでかもしれないな…。我らの命運も、とうとう尽きそうだ…。」

「十兵衛、オレは、まだあきらめんぞ。武士として、こんなところでは死ねない。全員、必ず生きてメキシコへたどりつくんだっ!」

「そうは言っても、お前もわかっているだろう。食料も水も、もう無いんだ。陸だって、どこにも見えはしない。我らは全員、ソテロに騙されたんだよ。」

「そんなはずはない。だいいち、このままでは、ソテロだって餓死するではないか。針路は間違っていないはずだ!」

「シュヨ、マヨエル ワレラニ スクイノ テ ヲ、ヒトスジ ノ ヒカリ ヲ アタエタマエ、アーメン」

「ソテロっ!よくもいいかげんな事を言ってくれたな。明日になっても陸が見えないようなら、お前は、オレが切るっ!」

「ジュウベエ サマ、マッテクダイ。モウスグ メキシコ ニ ツク ハズ ナノデス。」

「え~い、うるさいっ!お前は、そればっかりではないかっ!」

「十兵衛、待て。ソテロを切ったところで、何も解決はしない。他に、解決策を考えるんだ。」

「今さら、何を考えるというんだ?考えたところで、何も解決はしないさ!」



この時、突然、澄んだ歌声が、突風に運ばれて聞こえてきた。

《この見ゆる~ 雲ほびこりて~ との曇り~ 雨も降らぬか~ 心足らひに~》



「常、聞こえたか?」

「ああ、十兵衛、この歌声は何処から聞こえてきたんだ?」

「船頭の方だ…、常、見てみろ!おりんが竹山の三味線に合わせて、何か唄っているぞ!」


《この見ゆる~ 雲ほびこりて~ との曇り~ 雨も降らぬか~ 心足らひに~》


「これは…、古くから伝わる、雨乞いの唄…。」

「常、おりん達の後ろを見てみろっ!そうだ、向こうの空だ。何か、黒い雲が広がっているぞ!」

「まさか……、本当に…、こんな唄で雨雲を呼べるのか…?」

「そんなことは、どうだっていいっ!あああ、雨だっ!雨が振ってきたぞ。皆のもの、早く桶を用意するんだ!一助、二助、三助、早くしろ、水だ!」

「十兵衛様、わかりましたっ!」

「あああ、水だ水だ!口をあけると水が入ってくるぞ~。」

「一助、遊んでいないで早く桶を用意しろっ!」

「久しぶりの水なんだから、少しくらいいいだろ~」

「二助も、遊んでいないで早く桶を用意しろっ!」

「三助、久しぶりの水なんだから、少しくらいいいだろ~」

「そうだな、ワハハハッ♪」

「こら、バカ3兄弟。早く桶を用意しろ。せっかく、おりんちゃんが雨を降らせてくれたんだから。」

「平吉が、用意すればいいだろ!」

「あとで欲しがっても、お前らにはやらないからな。この桶は、おらとおりんちゃんの分だ♪」


《この見ゆる~ 雲ほびこりて~ との曇り~ 雨も降らぬか~ 心足らひに~》


「十兵衛、あの雨雲の先に何か見えないか?雨雲にしては、ちと大きすぎると思うのだが…」

「常、あれは陸だっ!陸だっ、メキシコだ!」

「陸?本当か?我らは遂にメキシコに辿りついたんだな?」

「そうだ、常。遂にメキシコだ!」

「シュヨ、アリガトウゴザイマス、アーメン」

「皆のもの、メキシコだ~!」



星さえ見えぬ、闇の中。

すべてをあきらめる者、それでもあがく者。

奇跡を見る者、それは希望の先を見つけた者なのかもしれない。


つづく。