赤い土の荒野。
天を突き刺そうと伸びるサボテン。
碧い海の旅は、紅い土の旅へ。
「ミナサン、コレカラ ワレワレハ メキシコ シ ヘ イキマス。ソコデ ソウカン ノ ドン・アントニオ・ロドリゴ サマ ニ アイマス。サア、ニモツ ヲ マトメテ シュッパツ シマショウ!」
「ソテロ、朝早くから大きな声を出すな!頭がガンガンする。」
「ジュベエ サマ、ソレハ サクヤ テキーラ ヲ タクサン ノミスギタカラ デスネ。」
「そんな事はわかっている。それにしても、この国の日差しのように、テキーラは強い酒だな。」
「テキーラ ハ ツヨイ オサケ デス。ツギハ キヲツケテ クダサイネ。」
「わかった。わかった。ところで、常はどこだ?」
「ハセクラ サマ ハ、 スデニ ニモツ ヲ マトメテ、シュッパツ ノ ジュンビ ガ デキテイマス。」
「何? 他の者も出発の準備が出来ているのか?」
「ソウデス。ジュウベエ サマ ト アノ サンキョウダイ ダケ ガ、マダデス。」
「おいっ、一助、二助、三助、早く起きろっ!出発の時間だ!」
「十兵衛さま~、どうしたんですか~、朝から大きな声をだして~」
「早く起きろ!メキシコ市へ向けて出発だ!早くしないと、アカプルコに置いていくぞ!」
「起きろ、一助!」
「荷物をまとめろ、二助!」
「行くぞ、三助!」
快晴の空、と一言で表現しそうになるが、それよりも良い言葉を捜したくなる、そんな出発の朝だった。
例えば、奥州の少しくすんだ青い空よりも、かぎりなく原色に近い青い空は、空気が乾燥していて空が高く感じる。しかも、。そこに、ほんのひとかけらの雲が流れており、秋とはいえ燦燦と降り注ぐ太陽で、赤い大地とサボテンが煌めいている。しかし、澄んだ空気が時折、体をヒンヤリと包む、とでも言うような。
とにかく、二日酔いとはいえ、非常に気持ちの良い朝だったのである。
支倉常長一行は、船の見張りとして数十名をアカプルコ港に残し、150名ほどの大所帯でメキシコ市へ出発する。
メキシコの荒れた荒野に突如現れた、ちょんまげ頭で刀を脇に差した侍の大集団。
目立つな、というのが無理な話である。
前日あった、インディオの突然の襲撃。
これは、日本とメキシコとの貿易で、自分達の利益が減ってしまうと危惧したマニラやフィリピンの貿易商達が、インディオを金で雇って襲わせた、とアカプルコの警察署長より説明があった。
これらの商人やインディオは既に捕まり、牢獄に入れられているという。
この一件もあり、アカプルコ警察よりメキシコ市まで数十名の近衛兵を護衛として与えられた。
というのも、ソテロが、『彼らはエスパーニャ国王陛下への使節団であり、何かあった場合はどう責任をとるつもりなのか?』、と警察署長と話をつけてきたのである。
メキシコと貿易を始めるにあたっての日本の品々、
新エスパーニャ総督ドン・アントニオ・ロドリゴやエスパーニャ国王への贈与品の数々、
これらも一行と一緒にメキシコ市へ運ばれる事になっていたのだ。
どこで、また襲われるかわからない。
少なくとも、日本とメキシコの貿易を快く思っていないマニラやフィリピンの貿易商は多い。
インディオ達も、港街などの華やかさとはうって変わって、赤い土を耕し貧しい生活をしている。だから、時々、街を襲う。
そこへ、近衛兵と侍の大集団が、金銀財宝に近い日本の品々と一緒に荒野を大行進するのである。
やはり、目立つなというほうが無理である。
襲われる危険大。
しかし、ソテロの心配に反して、支倉常長は意気揚々としていた。
盗賊の心配も、まったくしていない様子である。
それもそのはず、熱海十兵衛をはじめとした伊達屈指の剣豪数十名が、一行の脇を固めていた。
それに、伊達家の繁栄を影で支えてきた忍び『黒脛(くろはばき)組』の者も2名いる。
しかも竹山は、黒脛組の元頭領で、戦場で政宗の命を何度も救ったという伝説の忍び。後年は、政宗の右腕・片倉小十郎に仕えていたようだが、老いたとはいえ、黒脛組といえば1人いれば1国を滅ぼせる、とまで恐れられた伊達の忍び集団なのだ。
これだけで、どんな敵が現れようとも十分戦える戦力。
そんな訳で、支倉常長にとって近衛兵は、ただのお飾りにすぎなかった。
「さあ、皆の者、メキシコ市へ向けて出発するぞっ!」
「なあ、常、そんな先を急がなくても、あと2,3日アカプルコでゆっくりできたのではないか?」
「十兵衛、オレにはな、政宗様から預かった大切な使命があるのだ。旅は、まだ先が長い。こんなところで道草をくっている時間はないんだ。」
「相変わらず、生真面目な奴だなぁ。まあそこが、良い所でもあるんだが。」
「十兵衛、お前も少しは生真面目に物事を見てはどうなんだ。昔から、いつも真剣味がないというか、世の中を真面目にみようとはせん。」
「俺だって、真剣に世の中を見ているさ。ただ、それを表面に出していないだけだ。渓流をながれる落葉は、岩にぶつかりそうになってもぶつからない。なぜか、わかるか?それは、自分を保ちつつ渓流の流れに身をまかせているからだ。これは、剣の極意でもある。俺はな、今、アカプルコに生活している人々、メキシコの空気の流れに身をまかせて、異国のありのままを感じているんだ。」
「それが昨夜、テキーラの瓶5本を空にして、今日出発に遅れた言い訳か?」
「いや、そういう訳ではないんだがな、、、ほら、郷に入れば郷に従え、と言うではないか。異国を知る為には、必要なことなんだよ。」
「で、昨夜、異国の何を知ったんだ?」
「それはだな、、、、その、、、、テキーラを酒だからといって油断するなってことだ!痛い目にあうぞ。それと、この国のおなごは、奥州のおなごよりも情熱的な目をしているな。ほら、こうやって、少しづつ敵を知っていけば、たとえ戦になってもこちらに有利に働くっていうもんよ。そうですよね、竹山先生?」
「十兵衛様、それを言うなら、郷に入れば郷に従え、よりも、敵を知り己を知れば百戦危うからず、ですな。しかし、昨夜は敵を知ったまではよかったのですが、どうやら己を知りませんでしたな。ハッ、ハッ、ハッ。」
「いや、めんぼくない・・・。」
「十兵衛も、竹山にかかれば、まだまだのようだな。それはそうと、竹山、昨夜の話だが、しばらくは今まで通り、おりん共々素性を隠しておいたほうがいいかもしれないな。もしかすると、この一行の中に徳川の手の者が紛れ込んでいる可能性もある。昨日、あの場にいた平吉たちには口止めをしておいたから、今まで通り振舞ってくれ。」
「支倉様、感謝いたします。この竹山、老いたとはいえ、敵襲の際はいつでもお力になりますゆえ、ご安心くだされ。」
「うむ、これで、メキシコ市までの道のりは安心して行ける。」
赤い荒野に、サボテンの群れ。
赤い荒野に、牛の群れ。
赤い荒野に、侍の群れ。
どれが、本当か幻か。
日焼けをした侍の一行は、メキシコの荒野を進む。
つづく。