・・・ メキシコ(新エスパーニャ)のアカプルコ上陸 ・・・
「皆のもの、とうとう我らはメキシコに到着したぞ!ここには、水も、食い物も、酒もたっぷりとある。さあ、もたもたせずに、早く船を岸につけるんだ!」
「かしこまりました、支倉様。」
「やったな、一助。」
「やっとメシが食えるな、二助。」
「ああ、ここのメシはうまいかな?なあ、三助。」
「こら、バカ3兄弟。メシの話ばかりしてないで、ちゃんと綱を引けよっ!船がなかなか岸につけないだろ!」
「平吉こそ、ちゃんと綱を引けよ。お前は漁師のくせに、腰が入ってないんだよ、腰が。」
「お前たちに言われたくないわっ!」
「こらこら、またお前達か・・・。どうでもいいが、口ばかり動かしていないで、ちゃんと手も動かせっ!」
『はいっ、十兵衛』
「常、とうとう到着したんだな。メキシコへ。」
「そうだ、十兵衛。ここが俺たちの最初の目的地、メキシコだ。」
「ハセクラ サマ、セイカクニハ エスパーニャ ノ コクオウ ガ オサメテイルノデ、ココハ 『シン エスパーニャ』 トイウ ナマエデス。ソシテ ワタシタチ ガ ツイタ バショハ 『アカプルコ』 トイウナマエノ ミナトマチ デス。」
「そうか、新エスパーニャと申すのか。これから、この地を治める者に謁見しなければならないな。」
「シン エスパーニャ ノ ソウカン ハ ドン・アントニオ・ロドリゴ サマ デス。スデニ レンラク ハ トドイテイル ノデ、アウ テハズ ハ トトノッテイル ハズデス。」
「この国では、藩主の事を総督と言うのか。それにしても、ドン・アントニオ・ロドリゴというのは、どうも言いにくい名前だな。」
80日間の航海の末、支倉常長の一行はメキシコに到着した。
メキシコは当時、世界でもっとも強大な力を持つエスパーニャ(スペイン)の植民地になっており、新エスパーニャと呼ばれていた。
そして、一行が到着したアカプルコは、マニラやフィリピンなど東南アジアと貿易をして栄えた港街のひとつ。
エスパーニャ人や、メキシコ原住民のインディオ、マニラやフィリピン人など、国際色豊かな人々で溢れかえっていた。
街には、いろいろな国から集められた艶やかな絹の服を売る店、甘い香りがする南国の果物を売る店、新鮮なこれまた色彩豊かな鮮魚を売る店、などが所狭しと並び、ものすごい活気で溢れている。
無敵艦隊と呼ばれたエスパーニャの船々は、大西洋を越え太平洋までをも我がものとすべく、すでに東方の国々までも植民地にするほどに強大になっていたのだ。
しかし、いつの時代にも、活気のある街にはいろいろなタイプの人間が集まってくるもので、騙して商品を盗むもの、金品を強奪する盗賊の輩達も多く、治安も一概に良いとは言えなかったのである。
「一助、なんだか甘~くてイイ匂いがするな~。」
「二助、これは赤い林檎のような果物だけど、林檎とはちょっと違うな~。なんだろうな?」
「あ~、なんだかわからないけど、モグモグ・・・甘くて、モグモグ・・・熟してて、モグモグ・・・とにかくおいしい~。」
「なんだよ三助、もう食べてるのかよ。おらも、一つ食べるぞ~。」
「お前らバカ3兄弟は、まったく食うことしか考えてないな。」
「なんだよ、平吉。お前だって、食うこととおりんちゃんの事しか考えてないだろうっ!」
「うるさいなぁ、モグモグ・・・あっ、あ・ま・い♪これは、おりんちゃんにも食べさせてあげねば。おりんちゃ~ん♪」
「もう、平吉さんたら。竹山(ちくざん)様、私達も行ってみましょう。さあ、私の手につかまって。」
「おりんや、すまないね。この盲目の老人が足手まといにならなければいいのじゃが。」
「何をおっしゃっているのですか。私が竹山様の目になると言ったではないですか。」
「おりんは優しいのぉ。しかし、ここの町には奥州で嗅いだことのない匂いが多いな。たしかに甘くて良い香りがするの~。」
「ミナサン、コレハ マンゴー トイウ クダモノ デスヨ」
「さすが異国の地には、珍しいものが沢山あるな。常、俺たちも食べてみるか。」
「ああ。それよりも十兵衛、さっきから俺たちをつけてきている奴がいるのに気づいたか?」
「なあに、ここの者達にも侍の姿が珍しいんだろ。」
「それはそうなのだが、何か嫌な気配がする。」
「また気にしすぎだろう。とりあえず、お前もマンゴーとやらを食ってみろ。」
その時である、インディオの盗賊達が鉈のような刃物を手に持ち、なにやらエスパーニャ語で奇声を発しながら突進してきた。
《ディネーロ!ディネーロ!》
「十兵衛、敵襲だっ!ソテロ、奴らは何を叫んでいるんだ?」
「ハセクラ サマ、ヤツラ ハ カネ ヲ ダセ、ト イッテイマス。」
「十兵衛、刀をぬけっ!」
「おうよ。まったく、メキシコに着いた途端これか。こいつら、たたっ切ってやる!」
「わああああっ、一助、二助、三助、逃げろ~。」
「わあああっ、平吉っ!」
「お、お、おらは、おりんちゃんを守るんだぁ~!」
「平吉さん、早く、私の後ろに隠れて。竹山様も早く。」
「え、えっ!?なんで!?おらが、おりんちゃんを守るのに・・・。」
「いいから、平吉さん、早く。竹山様も。」
「おりんや、わしもまだまだ、そこまで老いてはおらぬぞ。」
一瞬の出来事だった。
十兵衛が刀を抜いた瞬間、盗賊2人が倒れ、返す刀でまた2人が倒れた。
支倉を襲った盗賊3人も、あっという間に斬られ、うつ伏せに倒れた。
驚いたのが、おりんと竹山を襲った盗賊である。
おりんは、盗賊の鉈の一振りを蝶のようにフワッと宙に舞ってかわし、素手で盗賊の腕を捕まえたかと思うと、一瞬で肩の関節をはずしそのまま地面に叩きつけた。次に襲ってきた盗賊には、何やら蜘蛛の糸のようなものを首に巻きつけ、そのまま締め上げてしまった。
竹山が三味線の柄の部分をひねると、そこから仕込み刀が現れ、一振りで3人の盗賊が倒れてしまった。
それを見た残りの盗賊たちは、予期せぬ反撃に慌てふためき逃げていってしまった。
「平吉さん、大丈夫でしたか?」
「お、お、おりんちゃん、今、フワ~て舞って、バキバキッて。え、え、どうなっちゃったの!?」
「平吉さんが、無事で良かった。竹山様も、ご無事で。」
「ほ~っほっほっ、この老いぼれも、まだまだあんな盗賊になんぞ、やられはせんわ。」
「竹山、おぬし、目が見えぬのではないのか?」
「十兵衛様、この竹山、ここの2つの目は見えぬが、心の目が見えておりますのじゃ。」
「おぬしら、ただの遊女と三味線弾きではないな?どういうことか、説明してもらうぞ。」
新エスパーニャ上陸は、波乱の幕開けに始まったのであった。
つづく。