大地に眠る、金。
大地に眠る、銀。
大地に眠る、夢。
いつの世も、人々は富を求め、争い、奪い合う。
人は進化しながら、進化していないのかもしれない。
「メキシコ シティ マデハ、《タスコ》 ト 《クェルナバカ》 トイウ マチ ヲ トオッテ イキマス。コレラ シンエスパーニャ ノ マチ ニハ、フランシスコ カイ ノ キョウカイ ガ タクサン アリマス。ソコ ニ ワタシタチ ハ シュクハク シマス。」
「そんなに沢山、この国には教会があるのか。ソテロが属するフランシスコ会というのは、この国では大きな力を持っているのだな。」
「ハセクラ サマ、ソノ トオリ デス。ワタシタチハ コノ クニ デ、シュ イエス・キリスト ノ オシエヲ インディオ ニ ツタエマシタ。ソシテ タクサン ノ ヒト ガ、 センレイ ヲ ウケマシタ。」
「次に訪れる《タスコ》という街も、切支丹が沢山いるということだな?」
「ソウデス。ハセクラ サマ ノ コトハ、スデニ レンラク シテアリマス。スベテ ノ ジュンビハ トトノッテ イマス、アンシン シテクダサイ。」
「それは、かたじけない。礼を申す。ソテロよ、常々、疑問に思うことがあるのだが、聞いてもよいか?」
「ハイ、ナンデショウカ?」
「なぜ、おぬしら切支丹は、フランシスコ会とイエズス会とに分かれているのだ?わざわざ、2つに分かれなくても、同じ切支丹なのだからよいのではないのか?」
「ハイ、ソレハ デスネ・・・、セツメイ スルト ナガク ナルノ デスガ・・・、エート・・・、イワユル・・・、カンタン ニ セツメイ スルト・・・、オトナ ノ ジジョウ デス・・・。」
「大人の事情?」
「ハイ・・・。ツギ ニ ジカン ガ アル トキ ニ、クワシク セツメイ イタシマス・・・。ソレハ、ソウト、《タスコ》 トイウ マチ ハ、《ギン》 ガ タクサン トレル ノデ、ニギヤカ ナ マチ デス。」
「銀が沢山取れるのか。ということは、銀山の街だな。奥州にも銀山の街は沢山あって、人々が集まり、そりゃあ、賑やかだった。」
「《タスコ》 モ、トテモ ニギヤカ ナ マチ デス。」
「十兵衛、おぬしも奥州の銀山には行ったことがあるだろう?異国とはいえ、銀山の街とは、何か懐かしい感じもするな。」
「ああ、そうだな・・・。」
「十兵衛、どうしたんだ?深刻な顔をして。お前らしくもない。」
「いや、ちょっと疲れただけだ。」
「そうか、もうすぐ《タスコ》の街だ。それまでの、辛抱だ。」
「わかった。すまんな。」
「なぁに、気にするな。アカプルコでは一日しか、休息を取っていないんだ。長旅で疲れているのも、無理はない。」
「そうだな・・・。ところで、竹山先生・・・、少し話があるのですが・・・。」
「十兵衛様、ワシもちょうど話がありましてな・・・。」
エスパーニャは、次々と新大陸を征服し、その土地の金山や銀山から莫大な富を得ていた。
支倉一行が向かっている、タスコの銀山もそのひとつ。
なんとその数、金に関しては全世界の産出量の2/3、銀に関しては4/5を手にしていたのである。
なぜそれだけの金銀を手に出来たか?
そこには征服し植民地にする、という方法以外にも、秘密があった。
当時、最先端の精錬技術といわれた「アマルガム法」である。
これは、金銀を含む鉱石を粉末にして水銀と接触させ、金銀と水銀の合金「アマルガム」のかたちで分離させる。次に、アマルガムを加熱して水銀を蒸発させて、金銀を遊離させるという、画期的な方法であった。
この最先端の精錬技術を利用して、金銀の産出量を効率よく増やし、その富でエスパーニャは軍事力をさらに強大にしていた。
かの有名なエスパーニャ無敵艦隊も、こうして生み出され、さらに植民地を広げていったのである。
この噂は、日本に渡ってくる宣教師により、徳川家康の耳にも入ってきていた。
家康は、この精錬技術を、喉から手が出るほど欲していたのである。
なぜなら、この精錬技術を利用して日本国内の金山から金を独占的に産出し、徳川幕府の力を確固たるものにしようと企んでいたのだ。
しかし残念ながら、日本には太平洋を渡る船を造る技術や航海術がなく、家康はエスパーニャのこうした精錬技術を手に入れられずに地団駄を踏んでいた。
いつの世でも噂というのは、風のように流れるものである。
家康の耳に入る噂は、当然、伊達政宗の耳にも入ったいたし、政宗の右腕・片倉小十郎にも入っていた。
片倉小十郎といえば、義に厚く、伊達の天才的な軍師として全国でも名を馳せた人物。
ちょうど、三国志に登場する、蜀の国・劉備玄徳に仕えた天才軍師・諸葛亮孔明に例えられたほどである。
以前、こんな話があった。
小田原に参陣し、天才軍師ぶりを目の当たりにした天下人・豊臣秀吉が「5万石を与えるから、余の家臣になれ」と、片倉小十郎に誘いをかけた。
当時の、小十郎の禄高は、多くても5千石程度。
しかも、天下人となった豊臣秀吉からの誘いである。
この言葉には、弱冠24歳、青二才の暴れん坊にしかすぎない政宗の子守役をしているよりも、天下人になったわしの家来になれば立身出生は望みのままであるぞ、という意があった。
しかし、「伊達家の封をうけてこと足れり」と、小十郎はそれをきっぱりとはねつけたのだ。
これは、「主人とあおぐは伊達の我が君1人のみ」という、誇りを含む言葉である。
誘いを断られた秀吉は、「あっぱれ、そちこそ武家の鏡であるわい。今後もいっそう忠勤に励めい。」と、悔しいながらも激励するしかなかった。
そんな、義に厚く、伊達に忠誠を誓った知謀の右腕が、通商交渉という表向きの理由だけで、何の策略も無く、ガレオン船サン・ファン・バウティスタ号と支倉常長一行を、伊達の使者としてエスパーニャに向かわせるはずはなかった。
「十兵衛様、話と言うのは、小十郎様から託された、《あの話》では、ございませぬか?」
「竹山先生も、《あの話》をご存知でしたか。」
「だいたいの察しはついております。小十郎様より、十兵衛様の身を守ってくれと頼まれたのも、《あの話》があったからこそ。これは、伊達家の将来に深く関わることですからな。」
「竹山先生、この事は、使節団をまとめる常さえも、知らないことでございます。」
「支倉様にも、知らせていないとは・・・。」
「はい、小十郎様より、隠密の中の隠密に行動するようにと。小十郎様の話では、おそらく、この使節団の一行に徳川の忍びか、息のかかった者が紛れ込んでいるとの事でした。」
「小十郎様は、そこまで見抜いていたのですな。」
「はい、それを逆手に利用しろと。」
「というのは?」
「もし、この使節団の一行に徳川の息のかかった者が紛れ込んでいるとすれば、次に訪れる銀山の街《タスコ》で何らかの動きをするはず。」
「ふむ。例の《あの話》を確かめる為ですな。」
「そうです。そして、《あの話》が本当ならば、その方法が記されている秘密を盗みだすはず。」
「当然、ですな。ということは、その秘密を盗み出したところを捕まえて闇に葬る、という訳ですな。」
「いや、少し違います。」
「ん・・・、小十郎様は、何をお考えに・・・」
「小十郎様は、徳川の息のかかった者を見つけたら、その者を監視し、もし秘密を盗み出すようなことがあれば、それを贋物とすり替えて逃がせ、とのことでした。」
「なるほど。波風は立たせずに、贋物を家康へ、本物を政宗様へ、ということですな。」
「はい。そこで、ぜひ竹山先生にも力を貸していただければと・・・。」
「わしがこの旅について来たのは、十兵衛様を助けるため。この三味線一座と遊女達は、皆、元をたどれば伊達の忍び。わしの部下でございます。隠密ということならば、おまかせくださいませ。」
「かたじけない。」
大地に眠る、金。
大地に眠る、銀。
大地に眠る、夢。
権力者は金を欲し、貧乏人は金に泣く。
商人は銀を欲し、貧乏人は銀に泣く。
人々に平等なのは、夢、だけだろうか。
つづく。