BLUES LIVE !! | MITSUのブログ

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ニューヨークの路上で鍛えられたBlues Manの日記。

昨日は、PA・TRUSHでのLIVEでした。
ゲストにGtの高谷さんに来ていただいて、かなり楽しかった♪
やはり、上手い人と一緒に演奏するのは楽しいですね~。
自分の知らない世界を持っているし。
ここから、何か新しいものが生まれそう♪

そういえば話は変わるけど、昨日「T.C.electronic」というエフェクターやDTM用のソフトを作っている会社(すごく有名)で働いているNYからの古い友達が、「G・MAJOR」なるギターエフェクターを貸してくれた。
BLACK系のGtプレイヤーがどんな感じで使うのかが知りたいらしい。
ん~、なんだかいろんなツマミがあってよくわからん。ただ、せっかく貸してくれたのだから何とか使えるようにならねばっ!
僕はギタープレイヤーのくせに、あまりエフェクターを使わないタイプなので、これを機会にいろいろ勉強してみよう♪

最近、やたらと新しいことにチャレンジしようとしている僕である。
良いのか悪いのかわからないが、今のところは攻め続けようかと思っている。

そこで思うところあって今、津軽三味線の巨匠「高橋竹山」を研究している。これは、僕の生まれ故郷の「東北」を見つめなおす意味でも面白い。ちなみに「竹山」は青森出身である。
早速、CDを買って図書館で「竹山」の資料を借りて読んだ。
昔、津軽三味線の奏者は盲目の障害者の職業であって、「ボサマ、ホイド」といわれ乞食と同じように差別されてきたらしい。それで、今日一日生きるために、毎日毎日津軽三味線を弾いて各地を回って「米や少しのお金」を貰い生き延びてきたと...
大体の事は知っていたが、改めて本などを読んでみると、まさしくBLUESである。
しかも、ストリートで演奏してチップを貰って生活している僕のやっていることと割と似ている。
その昔、アメリカ南部で差別されながら貧乏な暮らしの中で生まれてきた音楽「BLUES」とかなり類似している所がある。

こんな身近に僕の求めていた音楽と同じものがあったのに、それに気づかなかった自分を恥ずかしく思った。おそらくわかっていながらも、アメリカへの憧れなどもあり若い頃の僕は海を渡ったのだろう。わざわざNYくんだりまで行って見つけたものと同じものが、僕が生まれた土地にあったのだから、皮肉というか灯台下暗しである。
まったく一緒というと、そりゃ「音」や「楽器」「言葉」も全く違うので誤解を招くが、根本的な音楽に対する精神というかSOULは一緒だと思う。

「竹山」の津軽三味線の演奏には、BLUESと同じ匂いのする「強い力」が存在する。
多くの人が言うように、日本の「BLUES」は「演歌」では無いと思う。それは昔、BLUESなどを聴いた作曲家が日本用に創り変えたもので、本当の日本のBLUESは津軽三味線のような昔から日本各地で何百年と伝わっている古い民謡のような気がする。
そこには何百年もの間、人々の生活に「楽しみ」や「生きる力」を与えてきた、強い何かがある。

夜一人で「高橋竹山」の津軽三味線の演奏を聴いてみた。
なぜだか、涙がたくさん溢れてきた。