支倉常長とゆかいな仲間達 ~エスパーニャへ第8巻~ | MITSUのブログ

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ニューヨークの路上で鍛えられたBlues Manの日記。

航海70日後・・・太平洋のどこか・・・


夜空に輝く星、北斗七星。

そのすぐ脇に儚い光で輝く星、アルコル。

儚い光は、蜃気楼。

本当に輝いているのか、目が霞んでいるのか。

アルコル、人はそれを死の星と呼ぶ。



「さあ、夕飯ですよ~。はい、順番に並んで並んで!」

「やっと飯だ~、おらぁ、腹が減って死にそうだぞ~。」

「こらこら、一助、二助、三助、ちゃんと順番守れよっ!さあ、おりんちゃん、こっちにどうぞ♪」

「なんだよ、平吉、割り込んでくるんじゃねぇよ!」

「さあさあ、喧嘩なんかしないで。ちゃんと全員分あるから、慌てない慌てない。」

「なんだよ、こりゃ!?芋煮に豚肉が入ってないじゃないかっ!ちゃんと、おらぁのにも豚肉入れてくれよ~。」

「豚肉なんて、もうだいぶ前からとっくに無くなっているのよ。だから、あんただけじゃなくて、誰にも豚肉なんて、無・い・の。」

「え゛~、これじゃ、里芋と大根とゴボウだけの汁じゃないかよ。」

「そんなに文句言うんだったら、食べなくていいわよっ!まったく。仙台味噌で味付けしているだけ、ありがたいと思いなさい。」

「え゛~、こんなんじゃ、全然腹がふくれないよ…」

「足りない分は、愛情がたっぷり入っているんだからね♪ それで我慢しなさいっ!あと3日もしたら、味噌もなくなるわよ。」

「は・い…」



長い航海で、サン・フアン・バウティスタ号の食料が遂に底をつき始めてきた。

月の浦港を出航したころは、米と麦が50俵づつ。水が50樽。酒が50樽。きゅうり、カボチャ、スイカ、にんじん、なす、ごぼう、じゃがいも、魚の干物、温麺(うーめん)などが山のように積んであり、おまけに牛が20頭と豚が20頭いた。

これだけあれば、太平洋を横断し、最初の目的地、メキシコのアカプルコまで間に合うと高をくくっていたのだが、計算がズレた。

それもそのはず、あれだけ毎晩酒盛りでドンチャン騒ぎをしていれば当然といえば当然である。

50樽あった酒はとっくに底をつき、今では、麦が5俵と、わずかに残った里芋、大根、ゴボウ、それと日持ちする魚の干物と温麺を残すだけになっている。

ここ10日ほど、雨も降っていないので、水も不足してきており、頼みの綱だった漁師・平吉の釣りも最近はめっきり不漁だ。

本人曰く、海が深すぎて魚が何処にいるのかわからない、と。

しかも連日の暑さで、多くの船員が倒れだしている。

無理もない。大海原の上では、何処にも日陰など無く、逃げ場がないのだ。

今では、唯一の日陰になる狭い船室も、暑さに倒れた船員達で埋め尽くされている。ただ日陰があるとはいっても、船の底の方に位置する船室にはほとんど風は通らず、蒸し風呂のような状態になっている。

倒れた船員達は、かなり衰弱しており、芋煮すら喉を通らなくなっている。

このままの状態が続けば、すぐにでも死者が出始め、船室は死者と病人が横たわる地獄絵図になってしまうだろう。

まさに八方塞がり。

この船旅で、支倉常長が出会う最初の試練がやってきたのだ。


「常、このままでは、まずいぞ。食糧不足とこの暑さで、皆が苛立ち始めている。ここの船員の2/3は、元々罪人だったのを、お前も知っているだろう。この状態が続けば、きっと船内で争いがおきるぞ。」

「それは、分かっている、十兵衛。しかしだ、この大海原のど真ん中で、どうすれば良いと言うんだ?夜になれば暑さも少し落ち着くが、昼間の燦燦と降りそそぐ太陽の下では、オレたち侍と言えど無力だ。せめて雨でも降ってくれればいいのだが・・・。おい、ソテロ、メキシコまでは、あとどのくらいかかるのだ?」

「ハイ、ハセクラ サマ。 モウ スグ メキシコ ガ ミエテクル ト オモイマス。」

「こら、ソテロ、お前は昨日も一昨日も同じことを言っておったぞ!見てみろ、海と空以外何も見えないじゃないか!何処に陸地があるというんだ?あまり、ふざけたことばかり言っておると、この十兵衛がこの場でお前を切るぞ!」

「ジュウベエ サマ、ホントウ ニ モウスグ ナノデス。ワタシ ガ ニホン ニ キタトキ、ツキ ガ ノボル カイスウ カゾエマシタ。メキシコ カラ ハチジュウ カイ ツキ ヲ ミマシタ。ダカラ モウスグ デス。」

「十兵衛、まあ、落ち着け。お前まで、苛立ってもしょうがないだろう。ここは、ソテロの話を信じるしかない。ソテロ、月の浦港を出てから、今夜で月が昇るのは何回目だ?」

「ハセクラ サマ、アリガトウ ゴザイマス。コンヤ デ ツキ ヲ ミルノハ、ナナジュウ カイ デ ゴザイマス。」

「そうか、ということは、メキシコまで、あと10日前後か。食料も、船員達の気力も、ギリギリだな。せめて、船員達の気力だけでも、戻ってこればいいのだが…。」

「常、衰弱した船員達は、芋煮も喉を通らないと言ったな?」

「そうだ。」

「それでは、今後、ますます衰弱してしまう。今夜、暑さが和らいだところで、全ての温麺を料理させよう。それを、海水で冷やして食べさせるんだ。温麺っていうのはな、油を一切使っていないので、病中食にもなるんだ。これは聞いた話だが、昔、親孝行の息子が、胃腸の弱い病気の父親の為に、旅の僧侶から作り方を学んだらしい。ツルツルした食べやすい麺で、油を使っていないもんだから、病人でも食べやすく、父親がみるみる元気になっていったそうだ。しかも、この温麺なのだが、断食の修行を終えた僧侶が、一番最初に食べる食事、とされている。まあ、何はともあれ、病人にはうってつけの麺っていうことだ。海水で冷やせば、もっと食べやすくなるだろう。」

「わかった。それでは、今夜、すべての温麺を料理して、衰弱した者達に与えよう。」


その夜、船室に横たわっていた船員達は、全員甲板に集められ、海水で冷やした温麺を与えられた。

すると、今までまったく食事が喉を通らなかった者たちが、ツルツルと麺を食べ始め、土色だった顔にも少しづつ生気が戻り、安堵の雰囲気が船に漂い始めた。

そして、全員が温麺を食べ終わる頃、先頭に一人の人影が現れた。


「皆の者、聞いてくれ。私は、政宗様より、大切な使命を承っている。その為には、どうしてもエスパーニャへ辿りつかなければならない。これは、必ずや仙台藩の将来を左右するだろう。仙台藩の将来、すなわち、君達が故郷に残してきた家族の将来だ。それと、もう一つ大切な使命がある。それは、君達を無事に家族のもとに帰すことだ。もちろん、簡単なことだとは思ってはいない。それは、君達も分かっているだろう。しかし、今、この現状を乗り越えなければ、我らに未来がないというのも、事実だ。月の浦を出航して、今夜で70日目になる。あと、10日持ちこたえれば、メキシコに到着する。そこには、食料、水、薬、すべてが揃っている。温麺は今夜の分で全て無くなった。この船の食料も、残りわずかだ。しかし、あと10日、この苦境を耐えて生きてくれ。仙台藩の未来の為に、故郷の家族のために!」


「そうだ、そうだ、絶対生きて故郷に帰るぞっ!」

「おらぁ、必ず、おっかあの所に戻るんだっ!」

「くそ~、こんな海の上で死んでたまるかっ!」

「そうだ、そうだ、次に故郷に戻ったら、もう博打からは綺麗に足を洗って、商売を始めるんだ!なあ、一助、二助。」

「おうよ!」

「オラは、絶対に、おりんと二人で暮らすぞ~!」

「これこれ、平吉、それはちょっと先走り過ぎではないのか。」

「おりん、平吉があんなこと言っておるぞ~。どうするんだ?」

「私には、まだ分かりません・・・。」

「あ~っ、平吉がおりんにまた振られた。」

「ワハハハハッ」


「常、良い演説だったぞ。皆の顔に、生気が戻ってきたな。これで、なんとかメキシコまでは持ちそうだ。」

「なんとか、だな。しかし、十兵衛、油断は禁物だぞ。あと、10日、何が起こるかわからない。」

「わかっている。」



儚い輝きの、アルコル。

蜃気楼の先に見えるのは、希望の輝き。

死の星を、一周すると、生の星に。

儚い輝きは、新たな命を育む。


つづく。