現代文芸研究所2-忘れ得ぬ人々-
https://www.youtube.com/watch?v=coN9Z6IlEPk
秋葉安茂~1927 17歳年上だった 教師
古株 新日文 「非常階段」
園山富徳~税理士 農民文学賞
大河内智子~国立
遠藤唯子~林光の家の隣 カメラ好き
有田京子~ポルノ作家 221冊 ペンクラブ理事 矢島紹介
杉山俊夫~まとめ役 堤根 ドヤ街に
矢島輝夫~1939-1999 芥川賞候補 「子供の情景」みほママと言って
佐伯登茂子~高野の家で映画監督と
三沢知廉~1959-2005 46歳 「天皇ごっこ」
出所して直ぐの頃 私の父の話を
した 父も10年の刑だったと
雨宮処凛
片桐真喜子~「流星群」に投稿
高野正勝~苦楽庵と命名し 川崎朝鮮部落で 青い芝の会立ち上げ 「さよならCP」原一男
栗田謙一~SF小説
大沢久美子~「流星群」主催
灰谷元秀~埼玉手でブドウ作り
大山せつ~零細工場
一円幸子~抒情ポルノ
遠矢政行~詩 井上光晴へも 1940-2018 78歳 石川文学賞 抒情があっていい作品 内灘闘争を少年期に体験 黒ヘル 瀬戸内寂聴講演 奥さんに山之口獏と間違えられた 障害者施設に遊びに行った 木彫指導
大谷純~大森の心療内科にいた
林幸正~美濃太田の本陣跡に住んでいた 聞けば林家は代々の名家
田端信~1927-1998年 72歳 税務署員 父と同じぐらい 父が1925年 徹夜して 遠矢と二人で事務所で寝 朝方奥さんにおにぎりを作ってもらい 夜な夜な飲み歩き 破天荒な生きざま 私の「父の呼び声」を褒めてくれた 「トル」「トル」の添削指導 私が癌7年目
67歳で田端先生癌発見 股がかゆくてふるちんだよっと もう戒名も決め墓も作ったと
山口は地獄を見て来たのだなと 末期エミコと二人で見舞に行った また来ますと言ったら又はないかもよと あっけらかんの先生に見送られ 72歳での死
田端信
「ぐうたら物語」 本名伊勢重春 三回か四回結婚したが 結婚式というものをやったことがない もし亡くなっても 葬式も墓もなしだ
告別式ぐらいはやってもいいが レコードでもかけて 酒でも飲ませてくれ
1927年 1月 石川県能登に生まれる 27歳で金沢国税局を退職 著述生活に入るが出版社の特派員記者などの生活も5年もたず その間結婚し子供をもうけ 連れて能登に戻る 32歳 しかし 後離婚 独り子供の世話をしながら 雑誌懸賞小説に応募したものの 初めは落選 作品とは個性であると悟って以来 30本の賞を3年計画で取る目標を掲げ 2年でほぼ取得 子供を両親に預け上京する 東京にて再婚 思うところあって小説の筆を置き 後輩の指導を天職とする
1973年昭和 48年 総合文芸学院で添削指導する一方 現代文芸研究所を発足
海洋文学賞 サンデー毎日賞 児童ノンフィクション賞 双葉賞 読売短編賞 など