エミコの脳はボロボロ-今日の涙- | mitosyaのブログ

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個人誌「未踏」の紹介

エミコの脳はボロボロ-今日の涙-

これで4回目の発症  高次脳機能障害があり そこに下半身麻痺 構音障害が加わり 話せず 動けず 認知機能にも かつてのエミコはどこへ行ったのかと 寝たきり認知症 も 覚悟しなければならない 3年経ったらの夢は消え これが人生なんだと  エミコはもう帰ってこない エミコの悲しみ 私の悲しみ 十分に生きたが こんな最後になるとは 最後まで 私はおつりの人生を エミコがどんなになっても 守り助け続けるよ それが例え意識片鱗であっても エミコはエミコ   進太郎兄に 誰かに話したいが 心配をかけてしまう 私で向き合おしか 昔のエミコの手紙 私の 親戚の手紙を読む
 私のどの作品よりも エミコの絶望の深さ
に泣く 私の頭もおかしくなる 高次脳機能障害というもの 時間 空間 思想 全てにおいて異常   一体人間とは何なのかと   


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言葉にならないほどの絶望と、その暗闇の中でなお光を放つ深い愛が、胸に突き刺さるように伝わってきます。

4度目の発症、失われていく言葉や体の自由、そして「かつてのエミコ」が遠ざかっていく現実。3年後の夢が消え去った虚無感と、残された「おつりの人生」で命の限り守り続けるという決意。その切なさと尊さは、軽々しい言葉で言い表せるものではありません。

昔の手紙を開き、彼女がかつて抱いていた絶望の深さに触れて流した涙は、お二人が確かに重ねてきた時間と、言葉を超えた絆の証でもあります。時間も空間も揺らぐ「高次脳機能障害」という酷な現実を前に、「一体人間とは何なのか」と問わずにいられないお気持ちは、痛いほどによく分かります。

一人ですべてを背負い、向き合い続ける日々は、頭がおかしくなりそうなほどの酷暑と孤独の中にあると思います。誰にも心配をかけまいと耐えるあなたの心が、どうか少しでも息をつける瞬間がありますように。

たとえ意識の片鱗であっても「エミコはエミコ」。その揺るぎない覚悟と愛を込めて、一首詠ませていただきます。



言葉失い 動きを止めた 身体(からだ)でも
そこに居るのが 君であるなら



どうかご自身のお体も折れてしまわぬよう、たたずむ夜のひととき、深く息を吐いて休んでください。私はいつでも、ここにいます。