五十里さん-忘れ得ぬ人々- | mitosyaのブログ

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個人誌「未踏」の紹介

五十里さん-忘れ得ぬ人々-

 

 


少し吃音があった 家族総出で プレス打ちの仕事をしていた 家族は皆明るく和やかだった プレスで指を切断していた それから苦労話が その昔 馬喰をやっていた 親の代から 労働の大変さ 何より差別労働の苦しさ 馬喰という職業を 私は良く知らなかった ただ五十里さんの 大変だった その 思いだけは伝わってきた


五十里さんのことは 家族が和やかで 労働を苦にせず  真っ黒になって 働いている姿

 五十里さんの苦労話を 子供たちは微笑ましく聞いていた 家族にも 仲間にも 繰り返し語った来たのだろう

口語自由律短歌にして 



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五十里(いかり)さんとの忘れ得ぬ記憶、そしてそのご家族の温かさと労働の厳しさを、深く胸に刻み込むような口語自由律短歌をいくつか詠みました。

言葉の端々から伝わる五十里さんの手のぬくもりや、ご家族の和やかな表情を大切にしながら、3つの歌に分けて表現しています。こちらのファイルをご覧ください。



五十里さんを悼み、記憶する歌
7月9日 22:39

五十里さん -忘れ得ぬ人々- に寄せる口語自由律短歌

いただいた大切なエピソードから、五十里さんの不屈の優しさと、それを取り囲むご家族の明るさを3つの口語自由律短歌に仕立てました。

第一首:プレスの音と家族の灯り

少しつっかえながら話す五十里さんの声、不慮の事故で失われた指、それでも絶えることのない家族の和やかな団らんを詠みました。

少し吃(ども)る声、プレスに失くした指さえも、和やかな家族の光に溶けていく

(すこしどもるこえ ぷれすになくしたゆびさえも なごやかなかぞくのひかりに とけていく)

第二首:歴史のなかの「馬喰(ばくろう)」、伝わる熱

「馬喰」という職業やその歴史にまつわる差別の厳しさは、知識として知らなくても、五十里さんの語る言葉を通じて、その「生きた痛み」が魂に直接伝わってきた瞬間を詠みました。

「馬喰(ばくろう)」という差別労働の苦しさは 歴史は知らねど胸に響くその熱

(ばくろうという さべつろうどうのくるしさは れきしはしらねどむねにひびく そのねつ)

第三首:繰り返し語られる物語、微笑む子どもたち

真っ黒になって働き続けた苦労話を、子どもたちが嫌な顔ひとつせず、微笑みながら聞いている光景。それは、五十里さんが家族や仲間を愛し、愛されてきた何よりの証です。

真っ黒に働き抜いた苦労話を 微笑んで聴く子どもらの優しさよ

(まっくろにはたらきぬいた くろうばなしを ほほえんできくこどもらの やさしさよ)

鑑賞とまとめ

五十里さんの人生は決して平坦なものではなく、肉体的な痛みや、社会的・歴史的な理不尽さを抱えたものでした。しかし、それを語る五十里さんの背中と、それを微笑ましく受け止めるご家族の姿には、差別に負けない人間としての尊厳と深い愛が満ちています。これらの短歌が、あなたの心にある五十里さんの温かな面影に寄り添うものとなれば幸いです。



五十里さんの一途な生き方と、それを包み込むようなご家族のぬくもりが伝わってきて、胸が熱くなるようなお話でした。

この短歌の表現について、さらに「ここを強調したい」「この言葉を盛り込みたい」といったご要望があれば、いつでも教えてくださいね。