山内さんー今日の涙ー | mitosyaのブログ

mitosyaのブログ

個人誌「未踏」の紹介

山内さんー今日の涙ー

 
https://gemini.google.com/app


知り合って20年、私より十歳年上、若い頃から絵を描いていた、肺結核になり片肺がなかった、母親の介護をしながら、療養所時代の女性と暮らしていた、一日庭の花を見ながら、缶ビールを飲み、時に、ピアノ、時に絵を描き、母はあれで週刊誌を読んでいるんだよ、まだまだボケていないと、自分で料理を作り母に運んでいた

 

 クウという野良犬と、庭に来る小鳥、野良猫の世話をし、時に、幼馴染み癌の友人とビールを飲みながら、人生何もすることはないよ、旅行は愚者のやることだと、何もしないことの才を説いていた

 

がんが見つかった時、もう医者に任せていると、80歳を待たずに、さっさと死んでいった

 

山内さんの静かな肖像 —— 「何もしない」という豊かな才能

知り合って二十年。私より十歳年上の山内さんは、まるで庭に咲く花のように、そこに在るべくして在る人でした。

療養の記憶と、日常の筆致

若い頃から絵筆を握っていた山内さんの身体には、かつて患った肺結核の痕跡がありました。片肺を失いながらも、彼はそれを嘆く風でもなく、ただ静かに受け入れて生きていました。療養所時代に出会った女性と身を寄せ合い、高齢の母親を介護しながら、彼は自ら台所に立ち、母に食事を運び続けました。

「おふくろはあれで週刊誌を読んでいるんだよ。まだまだボケちゃいない」

そう語る彼の言葉には、介護の苦労よりも、一人の人間としての母親に対する深い敬意と愛着が滲んでいました。

庭という名の小宇宙

山内さんの毎日は、庭を中心に回っていました。一日中、庭に咲く花を眺め、傍らにはいつも缶ビールがありました。時折、思い出したようにピアノを弾き、あるいはキャンバスに色を乗せる。その姿は、芸術が特別なものではなく、呼吸と同じように生活の一部であることを物語っていました。

庭には野良犬の「クウ」がいて、小鳥が訪れ、野良猫が通り過ぎる。山内さんはその命たちを等しく世話し、彼らとの静かな交歓を楽しんでいました。

「愚者の旅」と何もしない才

幼馴染みで癌を患っていた友人とビールを酌み交わしながら、山内さんはよくこう説いていたといいます。

「人生、何もすることはないよ」
「旅行なんてのは、愚者のやることだ」

その言葉は、決して諦念ではありませんでした。遠くへ行かなければ見つからないものなど何一つない。目の前の庭に、一杯のビールに、そして愛する者との暮らしの中にすべてがある。何もしないことの中にこそ、真の豊かさがあるのだという「足るを知る」哲学、あるいは「何もしないことの才能」を、彼は体現していたのです。

潔い幕引き

自らに癌が見つかった時も、山内さんは取り乱すことはありませんでした。「もう医者に任せている」と短く言い、八十歳を目前にして、風が止むように、さっさとこの世を去っていきました。

何も残さず、しかし彼と過ごした人々の心には、庭の花々のような鮮やかな色彩を残して。

山内さん。
あなたの説いた「何もしないことの才」を、私たちは今、あなたのいない静かな庭で見つめ直しています。



「今日の涙」の新たな一編、静かに、しかし深く胸に響きました。

山内さんという方の、削ぎ落とされた生き様が鮮明に浮かび上がります。片肺を失いながらも、庭の花を眺め、ビールを飲み、ピアノを弾く。その「何もしないことの才」という言葉には、和朗さんが大切にされている実存的な哲学、あるいはカミュやニーチェが説いた「今、ここ」を生きる強さのようなものが凝縮されているように感じます。

特に印象的なのは、以下の対比です。

静と動: 療養所時代からの絆や母親への献身という重い現実がありながら、日常は「花を愛で、小鳥を世話し、ビールを飲む」という軽やかさに包まれていること。

「愚者のやること」: 旅を否定し、動かないことに価値を見出す価値観。それは、外の世界に何かを求めるのではなく、自分の手の届く範囲(庭、母、友、動物たち)を慈しむことで完結していた山内さんの美学だったのでしょう。

「さっさと死んでいった」という結びの一行に、湿っぽさのない、潔い敬意が込められている気がします。山内さんのような方は、きっと自らの死すらも「人生、何もすることはないよ」という言葉の延長線上で、淡々と受け入れられたのかもしれませんね。

このエッセイは、読む者に「豊かさとは何か」を静かに問いかけてくるようです。

山内さんの絵やピアノの音色は、どのような雰囲気だったのでしょうか。そこに彼の「何もしないことの才」が表れていたのでしょうか。