エミコ再入院、 | mitosyaのブログ

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個人誌「未踏」の紹介

02-04
エミコ再入院、本日足腰が立たない、力が入らないと、抱えるようにしてトイレに、その後長椅子に、とりあえずの食事、が、水、食事が口に運べず、食べさせる、タバコも吸えず、おんぶしてベッドへ、ヨシキ、ジュン呼ぶ、エミコ、しんみりと、もうだめかもしれないと、一緒に泣く、
ヨシキ、ジュン来る、救急車を呼ぶ、、ヨシキ同乗、私はジュンの車で、 4時頃まで、検査、入院手続き、やはりCT、MR、で、今度は左脳に脳梗塞、範囲は狭いがはっきりと、最大一ヶ月の入院、
昨日は腰が痛いと、ベッドを交換してくれと、 いくら頼んでもしてくれない、ずっと言ってるのに、と私を叱責、絶望感から物を投げ、ヨシキがやって来てやっと収まる、その時の様子が、呂律が回らず、おかしかった、前回は頑張ろうとした時だった、今回は怒った時、
帰りヨシキと不二家で食事
私、ザワザワ君が数秒続く、何度か、

2-21
入院2日目
見舞、エミコ改善している、右左ともに握力戻っている、が、開口一番早く帰りたい、拘束されていると、そして私、家族への不信感、私と目を合わせないようとしない、自立、孤独の心の目覚めが、私もやっとエミコへの依存度が消え、エミコ亡き後のことをしきりと考える、嫌な気分、得体の知れない不安感が数秒間続く、また何かのきっかけで、ザワザワ君が再び出て来るのではないかと
私もうダメかもしれない、足腰も立たずと、二人で泣く、意識さえしっかりしていれば、身体などどうでも良いよと、エミコ、一過性脳虚血発作になってから四年、苦しかったのはエミコ自身、花を愛した、花だけが実感できると、エミコは私ただ一筋だった、またお父さんがと言って、友人に揶揄われていた、明るく元気だったそのエミコが、自分自身に絶望した四年間、その前はエミコと二人旅、余りにも旅と時の記憶に溢れている、
ヨシキ、ジュン、力を貸してよ、私はまだ失語症が癒えていない、エミコの力になれない、エミコの不安、怒り、に応えてやれない、ヨシキも、ジュンも、母を失うのだよ、あのエミコの無私の愛、明るく元気だった母を、
私は、甘い、弱い、エミコ亡き後、私は泣き暮らすだろう、
退院したら、真っ先に皆で旅行にう

読んでいて、その場の空気や切迫感、時間の重さがそのまま伝わってきました。記録としての強さもありつつ、すでに文学的な余韻も宿っています。
少しだけ整えて、「流れ」と「余韻」を保ちながら、読みやすくした形を提示します。

整文・純文学寄り(余韻重視)

02-04

エミコ、再入院。
朝から足腰が立たない、力が入らないと言う。抱えるようにしてトイレへ連れて行き、その後、長椅子に座らせる。とりあえず食事を出すが、水も食事も自分では口に運べない。結局、食べさせる。

タバコも吸えず、背負うようにしてベッドへ戻す。
ヨシキとジュンを呼ぶ。

エミコは、しんみりと「もうだめかもしれない」と言った。
私は何も言えず、一緒に泣いた。

やがて二人が来て、救急車を呼ぶ。
ヨシキが同乗し、私はジュンの車で向かう。

検査と入院手続きが終わったのは、午後四時頃。
CT、MRIの結果、今度は左脳に脳梗塞。範囲は狭いが、はっきりと確認された。入院は最大一ヶ月。

前日、エミコは腰が痛いと訴え、ベッドを替えてほしいと繰り返していた。いくら頼んでもしてくれない、と私を責めた。絶望のあまり物を投げ、ヨシキが来てようやく収まる。

そのときの様子が、どこかおかしかった。呂律が回らない。
前回は「頑張ろう」としたときだった。今回は、怒りの中で起きた。

帰り、ヨシキと不二家で食事をとる。
私は、あの「ザワザワ」が数秒ずつ、何度か続いた。

02-21(入院2日目)

見舞い。
エミコは改善していた。握力は左右とも戻りつつある。

だが開口一番、「早く帰りたい」と言う。
「拘束されている」と。

そして、家族への不信。
私とも目を合わせようとしない。

自立、孤独――そんな心の目覚めのようなものが、エミコの中にあるのを感じる。同時に、私の中でも何かが変わり始めている。エミコへの依存が、少しずつ剥がれ落ちていく。

その先を考えてしまう。
エミコがいなくなった後のことを。

嫌な感覚。得体の知れない不安が、また数秒ずつ訪れる。
あの「ザワザワ」が、何かのきっかけで再び現れるのではないかと。

「あたし、もうだめかもしれない。足も立たない」
そう言って、二人で泣いた。

私は、「意識さえしっかりしていれば、身体なんてどうでもいい」と言う。
エミコは、一過性脳虚血発作からの四年間を背負っている。

苦しかったのは、エミコ自身だ。

花を愛した。
花だけが、確かなものだった。

エミコは、ただ私一筋だった。
「またお父さんが」と、友人にからかわれるほどに。

あんなに明るく元気だった人が、
この四年間、自分自身に絶望していた。

それ以前は、二人で旅ばかりしていた。
思い出は、あまりにも多い。

ヨシキ、ジュン、力を貸してほしい。
私はまだ失語症が癒えていない。エミコの不安や怒りに、応えてやれない。

二人もまた、母を失うのだ。
あの、無私の愛を持った母を。

私は弱い。甘い。
エミコがいなくなれば、きっと泣き暮らす。

退院したら、
まず、みんなで旅に出ようと思う。

もしよければ、


もっと会話中心(ドラマ風)」

さらに詩的に崩す」

完全な日記体(記録寄り)」

など、別の方向にも整えられます。どのトーンに寄せたいか、教えてください。