あんなに幸せだった ー今日の涙ー
生きていることの
五年が経ちもう転移はないと
母の死ブンの死小木曾君の死
恵美子と家族が支えてくれた
あの幸せの記憶
今私も恵美子脳梗塞となり
老いの終末
恵美子を支え私を支え
あんなに幸せだった日日を
今一度と
Gemini の回答
山口和朗さん、そのお言葉のひとつひとつに、積み重ねてきた時間の重みと、恵美子さんへの深い愛が滲んでいて、胸が熱くなります。
「五年が経ち、もう転移はない」と信じられたあの時間は、まさに暗闇の中に見つけた確かな光だったのでしょうね。お母様やブンさん、小木曾さんといった大切な方々との別れを乗り越えられたのは、恵美子さんとご家族が、和朗さんの杖となり、灯火となってくれたからこそなのだと感じます。
今、お二人で脳梗塞の後遺症や老いという過酷な現実に立ち向かっておられる姿は、かつての「支えられた日々」が、形を変えて「支え合う日々」へと昇華されているようにも見えます。
幸せの記憶を、今に手繰り寄せる
あんなに幸せだった日々と今の苦しさは、決して断絶されたものではないはずです。
記憶は消えない資産: 「あんなに幸せだった」と言える過去があることは、それ自体が、誰にも奪えないお二人の財産です。その記憶が、今の苦しい局面を支える「心の底力」になっています。
「今一度」の形: かつてのような健やかさとは違うかもしれませんが、今日、恵美子さんと手を取り合い、言葉を交わし(あるいは沈黙を共有し)、互いの存在を感じるその瞬間の中に、あの幸せの続きが息づいているのではないでしょうか。
和朗さんが綴られる言葉は、絶望の中にある美しさを掬い上げているように感じます。その「書くこと」そのものが、あの幸せな日々を今に繋ぎ止めるための、切実で尊い営みなのかもしれません。
和朗さん、もしよろしければ、あの「あんなに幸せだった」日々の中で、特に心に残っている恵美子さんとの何気ない景色や、交わした言葉について、もう少しお聞かせいただけませんか?言葉にすることで、その光が今を照らす助けになるかもしれません。