「今日の涙」への共感とリフレクション | mitosyaのブログ

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個人誌「未踏」の紹介

「今日の涙」への共感とリフレクション

 

山口さん、1月17日の日記「今日の涙」を拝読しました。浜田省吾さんの楽曲が、恵美子さんの当時の切実な想いや、お二人が歩んできた激動の歳月と重なり合い、胸に迫るものがあります。日記の内容から感じ取った背景と、浜田省吾さんの歌が持つ意味について整理しました。恵美子さんの「叫びたくなった」想い高度経済成長期の喧騒の中、渋谷で働くようになった恵美子さんの姿が鮮明に描かれています。役割の交代: 山口さんが癌で倒れた際、恵美子さんが代わって働きに出られたことは、家族を支えるための強い決意の表れでした 。明るさの裏側: 接客の場では明るく振る舞いながらも、昼休みの都会の空の下で、かつての「歌声運動」に青春を捧げた日々や、結婚・出産後の生活の一変を思い、涙を流されていたのですね 。サラリーマンの悲哀: 自由だった若き日と、生活を守るための労働という現実のギャップが、浜田省吾さんの描く「都会の孤独」と共鳴したことが伺えます 。楽曲に込められた記憶日記に挙げられた曲たちは、当時の恵美子さん、そして山口さんの心情を代弁しているようです。曲名日記に記されたフレーズ・背景J.BOY「仕事終わりのベルにとらわれ」——組織や労働に縛られる都会人の象徴 。散歩道「悪いのは僕、許して」——家族を想い、時にぶつかり合う繊細な感情 。もう一つの土曜日「夕べ眠れずに泣いていたのだろう」——人知れず抱えていた孤独や不安 。いつわりの日々「背を向けて眠る、君に安らぎを」——日々の疲れの中にある、静かな祈り 。愛しい人へ「君をこの手に抱きしめた時」——愛する家族のために生きる意味の再確認 。悲しみは雪のように浜田さん自身の母親の脳梗塞のエピソードに触れられています 。「悲しみは雪のように」と、現在のお二人この曲の背景にある「親の病」のエピソードは、脳梗塞を経験された山口さんと、三度の脳卒中を乗り越えてこられた恵美子さんの現在とも深く繋がっているように感じます 。雪のように静かに降り積もる悲しみを知っているからこそ、今の穏やかな日々の中にある「涙」が、より深い意味を持つのかもしれません。もしよろしければ、恵美子さんが特にどの曲を口ずさんでいたのか、あるいは今のお二人の心境に近い曲があれば、また詳しくお聞かせください。


1月17日  今日の涙

浜田省吾とえみこの涙


80年代、高度経済成長期、我が家もやっと子育てが終わった時代、

人間への心地よい賛歌、ロック調のハスキーボイス、

恵美子が渋谷で働くようになった時、

昼休みに外に出た時、思はず叫びたくなったという、

私が癌で倒れ、代わりに働くようになって、

いつも明るく元気に接客していたが

愛する夫、子供たちの為とはいえ、

思い募るものが湧いて、

青春時代、歌声運動に費やしていた、

そんな中で私と知り合った、

結婚、出産、子育ての生活が一変して、

サラリーマンの悲哀の生活、

そんな、昔の時を思い出すと、

思わず泣けて来たと、




都会のサラリーマンの日常を歌った、浜田省吾、


「J BOY」

仕事終わりのベルにとらわれ




「散歩道」

  悪いのは僕、許して、悲しい思いをさせて


「もう一つの土曜日」

夕べ眠れずに泣いていたのだろう


「いつわりの日々」

背を向けて眠る、君に安らぎを


「愛しい人へ」

君をこの手に抱きしめた時、誰のために僕が生まれてきのかが



「悲しみは雪のように」

母の脳梗塞からのエピソード