私のツァラトゥストラ | mitosyaのブログ

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個人誌「未踏」の紹介

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原発震災日誌⑩

私のツァラトゥストラ

 

序説

 

 

辺見は40歳のとき、癌を患い、幸い命拾いをしたのだが、以来、都会であっても、ソーロのような「森の生活」をしようと、社会との関係を断って、生き始めた。在ることだけを楽しみ、日々の散歩のように、彼を形づくってきた文化や、彼の生きた記憶を生きなおすという、思索の中を生きていた。

だが突然に彼の心は変った。----二千十一年三月十三日の朝、一睡もしないで夜を明かした、涙で赤く腫れた目をこすりあげて、立ち昇ってきた太陽に向かって次のように言った。

「宇宙よ、大地よ、もしおまえが、痛めつけるべき者を持たなかったなら、お前の成すことはただの自然裡に過ぎない、太古より、進化を繰り返し、幾度となくお前に痛めつけられ、しかし、その度に強くなり、今や、お前に負けないほどの叡智を持ったと思った。そこが彼らの慢心であった。地球温暖化、飢餓、戦争、パンデミック、と試練は次々と襲い、そして昨日の原発の爆発、核物質の嵐が世界を席捲し、自らの驕りにしっぺ返しをくらった。

楽しんでいた私の生活が、俄かに騒がしくなった。人間たちの不安と、恐怖、逃げまどい助けを求める彼らの声が巷にあふれた。私は彼らに示さなければならなくなった。40億年の時を闘い、生き延びてきた、彼らと、彼らの先祖の話を、おつりだと楽しんでいた暮らしを切り上げ、彼等のもとへ出かける私を祝福してくれ、もし彼らがこのまま為すすべくもなく絶えてしまったのなら、お前もつまらないだろう、再び、傲慢に、不遜に、闘いを挑んでくる彼らがいてこそ、お前の望むところであろう。

この私を祝福せよ----お前と闘った数々の傷を持つこの私が、彼らを薫陶してくるのだから」

----このように言うと、辺見は彼の住む町をあとにして、彼を待つであろう者たちの住む北の街へ向かった。

 

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辺見は南へ逃れて行く、無数の人々とは逆の方向へ1人歩みを進めた。何十キロもの車と人の群れを抜け、辺りが静まり返った街に来たとき、一人の老人が彼の前に立ち現れた、この老人には見覚えがあった。この国の精神的気分とでも言うような、諸行無常というものを嘆じた鴨野長明であった。

かくて老人はこのように言った。

「この度の原発事故は、諸行無常という摂理なだけで、そこには何んの意味もないのだぞ、今お前さんは、北の街へ絶望する人々を助けに行こうとしているようじゃが、物も人の心も、いつまでも一ヶ所に留まっているものではない。数年もすれば変るもの、お前さんはこの世界に何か一つでも変らぬものがあるとでもいうのかね」

辺見は答えた

「貴方が嘆じた諸行無常という、その現象こそが変らぬものであり、その現象こそが未来永劫ということであり、そこにある意味や喜びをこそ私は人に解らせようと考えているのだ」

「逃げ遅れ、次々と死んでいく者に、故郷を追われ、死の淵に怯える者を、お前さんはこれは諸行無常ということであり、意味や価値のあることだとでも言ってみるのかね、そんなことは彼らは四度も経験している、今彼らが感じていることは、自分の死ではなく、命のように大切にしてきた、祖先から受け継いできた大地を、汚ごしてしまったことへの、取り返しのつかない事への絶望なのだ」

 

 

 

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