『フェードル』(Phedre) ジャン・バティスト・ラシーヌ(Jean Baptiste Rac | mitosyaのブログ

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世界文学大系

古典劇集 Ⅰ

ジャン・バティスト・ラシーヌ(Jean Baptiste Racine)

『フェードル』(Phedre)1677 二宮フサ 訳

 
第二幕 第二場

イポリート

わたしがあなたを憎む?
人になじめぬこの性質が、どんなあやをつけて取沙汰されたか知りませんが、
怪物の腹に宿った子だとでも、思われているのでしょうか?
どんなかたくなな気持も、どんな根強い憎しみも、
あなたを見れば、やわらいでしまうでしょうに。

アリシー

まあ、イポリートさま。

イポリート

つい心のうちを語りすぎてしまいました。
情熱の激しさの前には、理性も力ないものと見えます。
こうしてひとたび口にした以上は、
続けなければなりません。あなたに聞いていただかなくてはならないのです、
この胸にしまっておくことのできない秘密を。あなたの前にいるのは、一人の哀れな王子、
後の世まで、傲慢な自負心のいましめとなるべき者なのです。
恋に対して昂然と反抗しつづけ、
人の心を縛る恋の鎖をさげすんでいたわたし、か弱い人間どもが溺れるさまを憐れみながら、自分はいつまでも、安全な岸辺から、荒れ狂う情熱を眺めていられると思っていたわたしは、
いまや世の常の定めのもとに、恋の奴隷となりはてて、


第五場

イポリート

お許しください。恥じ入るほかありません。
思い違いをして、罪のないお話をとがめ立ててしまったのです。
恥ずかしさに、これ以上御前におられません、わたしはもう引き下がって―――

フェードル

ああ!情け知らず、わかりすぎるほどわかっているのに。
これだけ言えば、誤解もとけたろうに。
まあよい、今度こそ知っておくれ、フェードルがどんな女で、どんなに物狂おしい情熱のとりこになっているかを。
わたしは恋をしている。でも、こうしておまえを愛しているわたしが、
自分はやましくないと思いあがっているとか、理性を乱す狂った恋の毒液を、
卑怯な気休めでつちかったとか、考えないでおくれ。


第五幕 第六場

テラメーヌ

おそばに寄ってお名を呼ぶと、王子は手をさしのべて、
瀕死の眼を開かれましたが、たちまち閉じて、言われるには、
「天はわたしから、罪のない命をとりあげるのだ。
わたしが死んだ後は、可哀そうなアリシーを、大切にしておくれ。
もし、いつか、父上の誤解が解けて、無実の罪をきせられた、息子の不運を嘆いてくださることがあったら、
わたしの血と、嘆き悲しむ霊をなぐさめるために、
あの囚われの姫を、優しくいたわってくださるように、お願いしてくれ、
父上があの姫に返して―――」と、ここまで言ってこときれてしまったあの勇士は、
変わりはてた亡骸を、この腕に残されたきり。勝ち誇る神々の犠牲となった、


第七場

テーゼ

妃の死とともに、このよこしまな行為の思い出も、
滅びてはくれぬものか!
これまでの誤解が、おお!無慈悲なまでにはっきりと解けた今は、
不幸な息子の血に、涙を注ぎにゆこう。
愛するわが子の亡骸を抱いて、
あの憎むべき祈願をかけた狂気の沙汰の、罪ほろぼしをしよう。
霊前に輝かしい栄誉をたむけよう、どんな栄誉を捧げても報いきれない子ではあるが。そして怒れる魂が、いっそう安らかに眠ってくれるように、
正義にもとる一族の陰謀はかえりみず、
わが子の愛したあの姫を、今日からは、わが娘とするのだ。

フェードル

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

『フェードル』(Phedre)は、フランスの劇作家、ジャン・ラシーヌ作の悲劇。初演時の題名は『フェードルとイポリート Phedre et Hippolyte 』だった。全体で5幕からなり、アレクサンドラン(十二音綴)で書かれている。初演は1677年1月1日、オテル・ド・ブルーゴーニュ座。ラシーヌにとっては、最後の世俗的悲劇で、この作品を書いてから12年間、新作を書くことなく、宗教と王への献身に専念することになる。

『フェードル』はギリシア神話から題材を得ている。ギリシア・ローマの悲劇詩にも取り上げられ、とくにエウリピデスの『ヒッポリュトス』とセネカの『パエドラ』が有名である。フェードル(パイドラ)は、夫テゼー(テセウス)の留守中に、義理の息子イポリート(ヒッポリュトス)に恋をしてしまう、という話である。

『フェードル』はすべての面で完成度が高い。悲劇的構成、人間観察の深さ、韻文の豊かさ、さらにマリー・シャンメレが演じた主役フェードルの解釈。ヴォルテールはこの劇のことを「人間精神を扱った最高傑作」と呼んでいる。エウリピデスと反対に、ラシーヌは劇の最後でフェードルを死なせている。つまり、フェードルがイポリートの死を知ってしまうのだ。フェードルのキャラクター造型はラシーヌの悲劇作品の中でも最高のものである。フェードルは他人を不幸にしながら、実は彼女自身も己の衝動の犠牲者である。怖さと哀れさを共に備えたキャラクターといえよう。

この劇の台詞のいくつかは、たとえば「la fille de Minos et de Pasiphae(ミノスとパジファエの娘)」(第1幕第1場にあるイポリートの台詞)など、フランスの古典的な名台詞となった。十二音綴詩句は音楽性の美しさが特徴だが、ラシーヌはただ響きの美しさだけを考えて台詞を書いたわけではない。フェードルの中には、母パジフィエから受け継いだ、飽くことなき欲望と死への恐怖が複雑に入り混じっている。

コルネイユを後援するブイヨン公爵夫人とその一派の陰謀により、初演は成功にいたらなかった。彼女たちは、今では忘れられた作家ニコラス・プラドンに同じ題材の劇を急いで書かせ、その上演を『フュードル』にぶつけてきたのだ。そのせいで、ラシーヌは1689年まで劇の執筆を絶つことになった。なお、その時書いた劇は『エステル』で、ルイ14世の寵姫マントノン侯爵夫人の依頼によるものだった[1]。しかし現在では、『フェードル』はラシーヌの代表作の一つと見なされ、また、17世紀以降現在まで上演回数の最も多い作品のひとつとなっている。

登場人物

イポリートとフェードルテゼー:アテナイ王。
フェードル:テゼーの妻。ミノスとパジフィエの娘。
イポリート:テゼーの子。母親はアマゾンの女王。
アリシー:アテナイの王族の娘。
エノーヌ:フェードルの乳母で相談役。
テラメーヌ:イポリートの養育係。
イスメーヌ:アリシーの相談役。
パノープ:フェードルの侍女。

あらすじ

レオン・バクスト『フェードルとイポリート』舞台は、ペロポネソス半島トロゼーヌにあるテゼーの宮廷。

第1幕

父王テゼーが国を出たまま行方不明になって6ヶ月が過ぎた。イポリートは父を探しに行くため、国を出るとテラメーヌに話している。しかし、本当の理由はアリシーだった。イポリートは密かにアリシーを愛していたが、アリシーはテゼーに反逆した一族の生き残り。つまり、叶わぬ恋なのであった。一方、王妃フェードルは原因不明の病気を患っていた。心配した乳母のエノーヌは、病気の原因を尋ね、フェードルが夫の不在中、継子のイポリートに恋してしまったことを白状させる。秘密を知られたフェードルはその場で死のうとする。そこに、テゼーが死んだとの報が届く。イポリートとの愛の障害がなくなったことに、フェードルは再び生きる希望を見いだす。王位継承をめぐって、イポリート、アリシー、そしてフェードルの子の名が挙がり、フェードルはイポリートと手を組むことにする。

第2幕

アリシーもイポリートを愛していたが、イポリートが自分のことを避けていることに悩んでいた。そこにイポリートが現れて、誤解を解いたうえで、アテナイの王権をアリシーに譲りたいと提案する。そうとは知らないフェードルは、イポリートに会い、王位継承のことを相談するが、話しているうちに欲情に我を忘れ、イポリートに愛を告白をしてしまう。唖然とするイポリート。フェードルは拒否されたと思い、イポリートの剣で死のうとするが、エノーヌに止められ、剣を持ったまま逃げる。そこに、テラメーヌがやって来て、イポリートに、テゼーが生きているかも知れないと伝える。

第3幕

フェードルは自分の運命を呪う。フェードルの一族は代々愛の女神ヴェニュスの憎しみを買っていたのである。そこに夫テゼーの帰還の知らせまで聞いて、フェードルは生きることに絶望し、再度死ぬ決意をする。しかし、エノーヌが、イポリートの方こそ継母に邪恋を抱いたのだと、イポリートの剣を証拠に王に言うよう提案する。フェードルは最初拒否するが、テゼーの到着とイポリートの蔑むような視線に混乱し、エレーヌに言われた通りに、思わせぶりな態度を取る。イポリートはただ呆れるばかりで、反論もせず、逆にフェードルから離れられば幸いと、父王に国を出る許しを求める。

第4幕

フェードルとエノーヌの嘘を信じて、テゼーはイポリートを追放する命令を下し、海神ネプチューヌにはイポリートに天罰が下るよう祈る。フェードルは良心の呵責からイポリートへの命令を取り消してもらえるようテゼーに頼むが、逆にテゼーから、イポリートがアリシーを愛しているという話を聞き、激しく嫉妬する。何とかなだめようとするエノーヌにも魔物呼ばわりし、エノーヌは絶望する。

第5幕

イポリートが真実を話さなかったのは、父王の恥を明るみに出したくないからだった。涙ながらに見送るアリシーに、いずれフェードルは裁きを受けるだろうと言い残し、イポリートは旅立つ。テゼーはアリシーから話を聞き、エノーヌにもう一度話を聞こうとするが、エノーヌは既に海に身を投げた後だった。そこにイポリートが津波に呑まれて死んだという知らせが入る。フェードルはメデーの毒をあおったうえで、テゼーのところに行き、自分の罪を認め、そして死ぬ。テゼーはアリシーを自分の養女にすることに決める。

ジャン・ラシーヌ
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