ヴォジーシェク - ヤン・ヴァーツラフ・ヴォジーシェク | mitosyaのブログ

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個人誌「未踏」の紹介

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ヴォジーシェク - ヤン・ヴァーツラフ・ヴォジーシェク (Jan Vaclav Vorisek; 1791-1825; チェコ)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)

ヤン・ヴァーツラフ・ヴォジーシェク(Jan Václav Voříšek, 1791年5月11日 - 1825年11月19日)はチェコの作曲家。

ボヘミアのヴァンベルクで教師の息子として生まれる。1810年から1813年までプラハ大学で学び、1812年よりヤン・ヴァーツラフ・トマーシェクの弟子となる。1813年になるとウィーンに移り、そこで法律を学びながらヨハン・ネポムク・フンメルにピアノを師事した。ウィーンでは音楽サロンに参加し、そこで1814年にベートーヴェンと知り合う。1818年にはウィーン楽友協会の会員に、1823年には宮廷オルガン奏者となった。1825年に肺結核のためウィーンで死去。

作品としては、ピアノ曲として狂詩曲、即興曲、変奏曲、ピアノソナタがあり、そのほかに室内楽曲、歌曲、交響曲ニ長調などがある。また、自筆の教会音楽作品が残っている。作風はベートーヴェンの影響が強く感じられる。

狂詩曲Op.1は、ベートーヴェンの注目を浴びていたとも伝えられている