ボグの女王  (橋本 槙矩 訳) ヒーニー (1939~ ) | mitosyaのブログ

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個人誌「未踏」の紹介

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ボグの女王  (橋本 槙矩 訳)

 

  ヒーニー    (1939~ )

 

 

私は横たわって待っていた。
泥炭の原と英国人の荘園の壁のあいだで。
ヒースの野と
侵入避けのガラス破片のある石のあいだで。

 

 

忍び寄る風雪が
点字のようにわたしの身体を読み取る。
夜明けの太陽はわたしの頭を探り
足元に冷たく沈んだ。

 

 

皮膚と肉体を貫く
冬の浸潤が
わたしを腐食し
文字を知らない

 

 

草木の根が
胃と洞と眼窩のなかで
考えあぐねて、やがて枯れた。
私は待っていた。

 

 

小石の床で。
わたしの脳は黒ずみ
琥珀の夢を
地下で孵す

 

 

蛙の卵のいれもの。
爪の下は潰れた汁果
骨盤の甕のなかで
消えていく生命の蓄え。

 

 

私の髪飾りは腐り
ちりばめられた宝石は
歴史のベアリングのように
泥炭の浮島に落ちる。

 

 

私の腰帯は
皺のある黒い氷河
染め織物とフェニキアの
刺繍が乳房のやわらかな

 

 

モーレンの上で朽ちる
冬の寒さがフィヨルドの
鼻先のように
わたしの腿をまさぐる。

 

 

水浸しの羽毛、
重い皮のむつぎ
わたしの頭蓋は
濡れた髪の巣で冬を越す。

 

 

すべてを彼等は奪った。
泥炭ほりの鍬は
わたしを刈り
はだかにした。

 

 

泥炭ほりはわたしを再び覆い
頭と足元の
石の支柱のあいだに
やさしく石炭殻をつめた。

 

 

やがて領主の奥方が彼をまるめこみ
ぬらりとしたボグの
臍の緒、わたしの編んだ髪は
ばっさりと切られた。

 

 

闇から立ち上がるわたしは
叩き切られた骨、頭蓋の容器
ほつれた縫目、飾り房
土手に散った小さな宝石。