堤中納言物語 | mitosyaのブログ

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個人誌「未踏」の紹介

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堤中納言物語

 

  蟲めづる姫君

 

 

むまのすけ、「たゞ帰らむはいとさうざうし。見けりとだに知らせむ」とて、畳紙に草の汁して、
 かは蟲のけぶかきさま見つるよりとりもちてのみまもるべきかな
とて、扇してうちたゝき給へば、わらはべ出で来たり。「これ奉れ」とて取らすれば、たいふの君といふ人、「この、かしこに立ち給へる人の、御前に奉れとて」と言へば、取りて、「あないみじ、右馬の助のしわざにこそあめれ。心憂げなるむしをしも興じ給へる御顔を見給ひつらむよ」とて、さまざま聞ゆれば、いらへ給ふ事は、「思ひとければ、ものなまむはずかしからぬ。人は夢幻のやうなる世に、誰かとまりて、悪しき事をも見、よきをも見思ふべき」との給へば、いふかひなくて、若き人々、おのがじし心憂がりあへり。この人々、「返事やはある」とて、しばし立ち給へれど、わらはべをもみな呼び入れて、「心憂し」と言ひあへり。ある人々は心づきたるもあるべし。さすがにいとほしとて、
 人に似ぬ心のうちはかは蟲の名を問ひてこそいはまほしけれ
むまのすけ、
 かは蟲にまぎるゝまゆの毛の末にあたる許の人はかなきかなと言ひて、笑ひて返りぬめり。