そういえばぼくは5年くらい前に
音楽教室で講師の仕事をした。
当時、ぼくは
音楽専門学校を卒業したのに
音楽の仕事をしないなんて親不孝だし
音楽家として生きていくべきなのだ!
と強く思って
音楽教室の求人を探していた。
いや、むしろ
音楽しかしてこなかった人生から
音楽を取ってしまうと
社会経験と教養のない
頭は悪いのにプライドの高い
精神年齢18歳の
とても扱い辛い25歳男性が
出来上がってしまう
と我ながらに感じていたのだろう。
音楽という経歴になんとか
しがみつきたかったんだと思う。
今もそうだがプライドは
超一人前のものを持っている。
結果ボイストレーナーの歌ってみたで
お馴染みの某音楽教室の大阪校で
ボーカル講師として無事
採用していただき
晴れてボイストレーナーとして
お仕事をさせていただくことになったのだ。
(YouTube出演はオーディション2回落ちたので不貞腐れた。)
転機であったし天職だった。
人と会話をしながら
マニュアルの無い自分だけの
仕事を作り上げる感じがすごくよかった。
ギターしか弾けないので空きコマの時間に
ピアノを練習して、
歌の練習をして、
たまに自分の曲を作ったりして
少しずつ生徒さんも増えていって
小学3年生〜孫のいるおばあさんまで
すごくたくさんの生徒さんと
レッスンをする日々は
とても楽しく刺激的だった。
そして三笘先生と呼ばれることに
なんか照れくささと誇りみたいなものが
混ざり合ってくすぐったいかんじだったのが
今でも記憶にのこっている。
生徒さんとは45分の中で
何をテーマにレッスンするかをとても
大事にしていた。
ようやく時間に余裕ができたというマダムには
くだらない話を混ぜ込んで、その空間を
とても楽しいものに仕上げるし
同世代の仕事終わりの生徒さんであれば
同じ目線で話をしながら
シュミのハバを広げるような
色んな音楽の世界の挑戦を
勧めてみたり
プロを目指す青年には
レッスン時間まるまるを使って
戦略や生き方を話し合ったこともある。
そのレッスンの中で
歌以外にもその人の魅力について
考えることがよくあった。
この人の歌ってなんかすごいなぁって
感じるときは
だいたいその人の表情や言葉に
良い心が乗っている。
話をしていてとても楽しいのだ。
それが何なのかを追求できていたら
ぼくも今頃有名なボーカル講師だった
かもしれない。
ただ、あれを作り上げるのって
すっごい細かいアンテナだったり
心配りだったり
するんだろうなって思う。
わからないならわからないなりに
その世界に片足突っ込んでみて
傷つきながらも手探りで
学習して行き着くようなものなのかな
かっこいいなって思う。
生徒さんから逆にニンゲン力を
教えてもらった日々でした。
人のことを
よく観察する人になったと思う。
ぼくの生活のなかでとても大事な
癖になったと思う。
レッスンには自信があったから
辞めてしまったのは少し
未練が残るけれど
また次の機会のために
音楽とニンゲン力の勉強をしないとね!
※カバー写真について
レッスンは生徒さんが
レッスンを受けたい先生を
指名する制度だったんだけど、
このカバー写真を
指名する時のパネル写真に
使っていました。
カメラマンがかっこよく
撮ってくれたから
これを見て選んでくれた人が
7割だと思っています。
ありがとうやで、、
とにかく
今の人生はすごく楽しいし
心穏やかに健やかに歩いています。
今んとこはまあそんな感じなんだ!