娘が不登校になったのは
高校1年生の二学期
中高一貫校のこじんまりとした学校で
それほど多くない同級生と共に
高校に進学してすぐだった
私は中学、高校の頃は
何も疑ったり考えたりすることなく
ひたすら優等生街道まっしぐらだったから
いい成績をとるために
がんばるのは当たり前だった
だからテストでいい点を取らなくても
悔しくも何ともないという
娘の発言にマジで驚いたり
勉強なんかできなくても
先生に多少怒られても
全然気にしないという娘の世界は
全く理解できなかった
でも一番悲しかったのは
娘が自分のことが嫌い
って言ったことだった
今冷静に振り返ると
母である私が
ありのままの娘を受け入れてないのだから
そんな自分を娘が受け入れられないのは
当たり前のことだと思えるし
私がありのままの娘を受け入れられなかったのは
私はずっと優等生だったから
自分の娘も優等生なはずという
謎の思考で固まっていたから
ということがよくわかる
娘がまだ3歳になる前
テレビで一人でパジャマを着れるかな?
って言うコーナーを真似して
私が「パジャマパジャマパジャマ〜🎵」
って歌いながら
娘が一人でパジャマのボタンを止めている姿を
撮ったビデオが残っているんだけれど
どうやってもボタンを止められない娘が
「ママやってー」と言うのを
私が「がんばってやってごらん」と
結局最後までやらせた場面が残っていて
今でもそれを見ると胸が痛む
どうして「こうやってやるんだよ」と
にこやかにやってあげなかったのか
全部止められなくても
たった1つでも止められたら
「できたねー」って抱きしめてあげなかったのか
そんなに小さな頃から
こうあって欲しい
これくらいはできて欲しい
というプレッシャーをずっとかけていた訳だから
そんな母の思いに
応えられない自分を受け入れられない
好きになれないという
心理が構成されていったんだと思う
当時はそんなことまで考えられないから
とにかく自分が好きになれないなんて
なんて悲しいんだとただ悲嘆に暮れていた


まあ実はそんな私が
自分のことを受け入れられてない
と気づくのにはさらに5年くらい
かかったんだけどね
