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ミトちゃん ヤイビーン (^o^)





今日は「脱出の日」です(^o^)


1815年のこの日、エルバ島に流刑されていたナポレオン・ボナパルト(Napoléon Bonaparte、1769~1821年)が島を脱出してパリに向かった。


1814年、フランスの北東にはオーストリア・プロイセン軍、北西にはスウェーデン軍、南方にはイギリス軍の大軍がフランス国境を固め、大包囲網によりフランス帝国の首都パリは陥落した。


ナポレオンは外交によって退位と終戦を目指したが、マルモン元帥らの裏切りによって無条件に退位させられ、フォンテーヌブロー条約の締結の後、地中海コルシカ島とイタリア本土の間にあるエルバ島の小領主として追放された。


1815年、ナポレオンはエルバ島を脱出し、パリに戻って復位を成し遂げた。ナポレオンは自由主義的な新憲法を発布し、自身に批判的な勢力との妥協を試みた。そして、連合国に講和を提案したが拒否され、結局戦争へと進んでいく。


しかし、緒戦では勝利したもののイギリス・プロイセンの連合軍にワーテルローの戦いで完敗してナポレオンの復位は幕を閉じた。帰国して復位してから再びその地位を追われるまでの、およそ100日間の一時的支配を「百日天下」という。





今日は「二・二六事件


1936年(昭和11年)のこの日、クーデター未遂事件「二・二六事件」が発生した。


陸軍の皇道派の影響を受けた青年将校が、対立していた統制派の打倒と国家改造を目指し、1483名の下士官兵を率いて「昭和維新」と称して首相官邸などを襲撃した。内大臣・齋藤実や大蔵大臣・高橋是清、陸軍教育総監・渡辺錠太郎らが殺害され、永田町一帯が占拠された。


当初、陸軍の首脳部は青年将校たちの行動を容認する態度をとっていたが、海軍が鎮圧を要求し、天皇も同様の立場をとったので、29日に鎮圧を開始した。飛行機から「下士官兵ニ告グ」のビラを撒いて帰順を勧め、「今からでも決して遅くはないから、直ちに抵抗をやめて軍旗の下に復帰する様にせよ」との投降を呼びかけるラジオ放送を行った。


形勢が不利になったと判断した将校たちは兵を原隊に帰し、2名が自決、残りの者が自首して、その日のうちに鎮定された。事件の首謀者は銃殺刑に処された。事件後しばらくは「不祥事件」「帝都不祥事件」とも呼ばれていた。







by TORQUE G06