もみじ谷を散策する少し前に。

やっぱりご挨拶をしていかなくては、と護国神社のお参りをしました。

茨城県内の戦没者達・・・日露戦争から太平洋戦争で戦い命を落とした人たちの霊を祀る慰霊碑が建てられています。

 

手水舎越しに紅葉を鑑賞おやすみ

 

幕末から明治維新にかけて国の為に殉じた水戸藩関係の烈士の御霊を祀る為に明治11年、常盤神社境内地に「鎮霊社」として創建されたのが始まりのようです。その後数多くの戦争が起き戦没者の数も増加、創建当時の社殿では手狭となってしまいました。

昭和14年4月に国から全国各県に護国神社の創建を定めらたのを機に偕楽園の付属地でもあった桜山(現在、水戸護国神社が建てられている箇所)に建設され、昭和16年11月に社の名前も「茨城縣護國神社」と改称。

太平洋戦争終了後、敗戦により一時期「桜山神社」と改称しましたが昭和29年10月に再び「茨城縣護國神社」となり、現在に至っていますにっこり

「護國神社」

では、お参りをお願い

 

今のお願いはもう、これしかない!

戦争反対!!戦争やめて!!

 

お参りをすると、気持ちが落ち着くねおやすみ

 

本堂からちょっとだけ境内を抜け、横道を入ると「玉龍泉」と書かれた案内板がありまして。

降りてみることにしましたにっこり

 

崖のようなところをおそるおそる降りていきます。

紅葉を目にしつつ、転がり落ちないように注意しながら。。。

 

 

あ、見えたニコニコ

 

これが玉龍泉でしょうか。

 

ピンポ~ン(^^)v

 

斉昭公が造られたのですねニコニコ

 

岡(後述する白雲岡)の南の水源から鉄管で水を引いて噴水を造ったのだそうです。

 

鯉がいるじゃんニコニコ

 

今でもちゃんと噴射します。噴水としてばりばり活躍してますよニコニコ

千波湖の噴水の大、大先輩ですビックリマーク

 

 

 

 

あまり人が訪れないひっそりとした場所で、小さな噴水は今日も静かに放流しているのでしょうおやすみ

 

では再び境内へ。

 

護國神社が鎮座する桜山は、昔から景勝の地で白雲岡とも呼ばれていました。

水戸9代藩主徳川斉昭公は当初。ここに偕楽園を造ろうとしたのですが地形がやや狭い為断念。

その代わりにこの岡に数百株の桜を植えて、休憩所を建てましたにっこり

その休憩所が「一遊亭」だったのです。

現在、その建物はなく「一遊亭跡」の碑が立っています。在りし日は偕楽園の好文亭と相対させていたのだとか。

このことをふまえると、先程訪れた箇所に何故噴水を造ったのか判る気がしますニコニコ

偕楽園の観梅シーズンが終了し、桜が咲く季節には偕楽園に代わり、こちらを散策しても良さそうです照れ

 

さて、護國神社境内にはこのような可愛らしいものもあります。


触れると幸せになれる、「しあわせ石」 ほんわか

両手で撫でると、願い事が叶うそうです。

 

そしてそのそばには可愛い神社ニコニコ

 

木花咲耶姫を祭神とする「桜宮」です。

 確か、縁結びに御利益があると聞いたことがありますニコニコ


ちょっと先には木村武山が陸軍航空通信学校に寄進したという石。

 

 

力強く描かれた蟹の絵。

果たして何を思って描かれたのでしょうにやり

 

戦没者慰霊の神社ではありますが、親しみも持てる神社です。

水戸の観光、散策スポットには絶対に欠かせません。

 

本日も御訪問・御閲覧誠にありがとうございました!

 

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