今日は母方の祖母の13回忌の命日でした。

祖父母が住んでいた家(今は伯父が守って下さっています)で13回忌のご法要がありましたが、

私達家族は残念ながら出席することができませんした。



娘を家で遊ばせながら祖母のことを思い出していたら、

なんだかとても会いたくなってしまいました。



祖母が亡くなった12年前、私は社会人1年目でした。

干支が一回りするこの年月の間には、私自身にも色々なことがありました。

転勤、初めての一人暮らし、退職、資格試験への挑戦、結婚、出産、

主人の転勤で初めての海外生活etc.

祖母と一緒に過ごした日々は、遥か遠い昔のようにも感じる一方、

干支が一回りもしてしまったとは信じられないくらい、つい最近のことにも感じられます。

よく祖母が10年、20年、30年昔のことを「ついこの間」と言っていたのが、

ほんの少しだけわかる気がします。(笑)

祖母が亡くなった時には一人もいなかったひ孫も、

今では娘を含めて11人、もうすぐ12人になります。



いつも遊びに行くのが楽しみだった広い祖父母の家。

祖母との思い出で一番印象に残っているのは、祖母の「手」です。

生きてきた年月だけ年輪の詰まったシワのある祖母の手、

でもなぜかツルツルすべすべしていて気持ち良くて、

よく意味もなく手を触ったり、つないだりしていました。

どこで食べるよりも美味しいお刺身の薄造りを、

いとも簡単に切ってお皿に並べていく祖母の手。

お正月に、お着物を手早く着付けてくれた祖母の手。

広げて比べると私よりずっと小さな手なのに、握る力が信じられないくらい強くて、

どんなに私がギュッと祖母の手を握っても、それ以上の力で返される力強い手。

私にとっては「魔法の手」でした。



一番嬉しかった思い出は、私が大学受験で最初の合格通知をもらった時に、

電話口で泣いて喜んでくれたことです。

祖母の泣く姿は、祖父が亡くなったときくらいしか見たことがなかったので、

とてもビックリすると共に、それくらい心配してくれていたのだな~と

伝わって来て、私も涙が出てしまったことを思い出します。



明治生まれの自称「ハイカラな女学生」だったという祖母。(笑)

テニスや英語が得意で、教会学校に通って讃美歌を歌っていたこともあった

と聞いたことがあります。

私が海外に興味を持ち始めた頃、

「行けるとしたらどこに行ってみたい?」と尋ねたことがあり、

その時の祖母の答えは「スイス」でした。

今、お隣の国オーストリアで生活している私たち一家のこと、

どこかで見守ってくれているでしょうか・・・



いつも色々な人に頭を下げ、感謝の言葉を忘れずにいた祖母。

「実るほど 頭を垂れる 稲穂かな」 

私も母から子供の頃よく聞かされていました。

簡単なようで、実際にはなかなか難しいことです。

他にも祖母から教わった目には見えない大切なこと、

私も娘に伝えていければいいな、と思います。