諏訪大社はアルプスの懐に抱かれた諏訪湖の畔に鎮座する。
全国諏訪神社の本山である。
スワ一大事と言われるように「ここぞ」という時に力をお貸し下さる頼もしい神さまだ。
また、よく創業時に「売り上げの柱を創る」ための祈願の神社として有名た。
ちなみに鹿島神宮は経営の継続のためと言われる。
そしてなぜか干拓地に多く存在する。元々、海洋縄文人・安曇一族の諏訪湖開拓による
ところが関係するようだ。
初めて諏訪大社参拝したのはまだ某宗教団体にお世話になっていた1995年頃だった。
諏訪大社、諏訪湖を挟んでご主人のタケミナカタさまが上社=前宮、本宮に鎮座。
奥さまのは下社で向かい側に春宮、秋宮として鎮座する。
冬になると諏訪湖の氷が割れ御身渡りという現象が起こる。
また、七年毎に宮の四方にある御柱4本が×4宮で全部合わせると16本が建て替えられる。
それぞれ南北アルプスの山から伐り出し、御神木を命を張って運び出す。死者すら出すお祀りだ。
諏訪の御柱祭りの時は出費が多い、そんな年に冠婚葬祭、特に結婚式を上げるカップルは睨まれると聞いたような(笑)。
初めて行った諏訪大社、戦争止めだが、その末席に居た。御祀りが終わり、個人的にお参りに
境内の賽銭箱に近づく。
一通りお祈りし、持っていたバカちょんカメラで数枚の記念写真を頂いた。
会員外の父母と一緒に旅して来た初めての諏訪。高速がまだ上越方面が開通してない時代で
佐久から八ヶ岳を迂回しての長旅だ。
帰って来て現像すると境内で撮った二枚が真っ黒である!。一応「写真をお願いします」と
言ったはずだが…。
たぶん、参拝が終わり幹部の方々が昇殿参拝をされていたところを写してしまったようだ。
「不作法だ、これはだめ」と戒めらるたように感じた。只々、反省である。
そんな事があり、謝り方々、仲間内五人で同乗し翌々年に参拝させて頂いた。
もう、上越からの高速が大方繋がって随分と楽だった。
~時代はクリスタルベルが流行るがなんの事かわからない。どうやらUFO話のようだ…。
参拝後に空を見上げると自衛隊のヘリコプターが何機も何機も上空を飛んで行く。
その中で妙に近い距離で飛ぶヘリコプターがあり、ちょいエスパー能力のある友人が
「あれはおかしい、UFOかもしれない(笑)」と語る。
それでカメラを向けて見た、現像したら半透明になっていたから、もしかしたら!である。
その友人とは伊勢にバスツアーで行った際も上空300mほどの所でホバーリングしてる銀色のUFOを2機見る事になる。
三回目の訪問は当時、付き合い始めた彼女さん、ここでザワっとしたことが起こる。
神さまに「〇〇さんをお連れしました、神約束の方でしょうか?教えて下さい」と祈る。
今度はちゃんとしたカメラを持参した。
彼女さんだけなら撮れる。しかし、どうしてもツーショットになるとシャッターが下りない!!、
その日何度か試したが…。
帰ってきて間もなく喧嘩別れをした。 やはり!、神さまコワ!! 。私は写真で教えられる。
そこから6年後、今のかみさんと諏訪参拝に行くが二人して緊張である。
無事にツーショットも撮れて胸を撫で下ろす二人である(笑)。
諏訪の神さまは写真で教えてくれるお節介焼きで(笑)、何だか私に似てる様な感じで親しみを抱く。
日本の暦には神無月がある、だが諏訪だけ出雲以外で神在月と呼ぶのだそうだ。
巨体だから来なくて良いとの事だが、神無月に東国の護りが手薄になるからかも知れない!、
重要視されてる神さまだ。
元々、国津神・出雲の大国主と糸魚川の黒姫と言われるヌナカワヒメとの間に産まれた神さまである。
ニニギ尊が天孫降臨の際、鹿島神宮の高天原一の力の武人タケミカズチとの闘いに破れこの地に
鎮まったと言われる。
「スワ一大事」と言われいざという時に活躍して下さる頼もしい神さまだ。
境内にある4本の御柱はどう見てもエジプトのオベリスクである。
また、御祀りに「御頭祭」という獣の頭だけを捧げる儀式は諏訪独特の祭りであるが、聖書に
よく似た逸話がある、アブラハムがその子イサクを神さまの捧げ物とせよと勅命が下る。
エホバの神はアブラハムの信仰心をお試しになったのである、
生け贄直前で神さまからストップがかかり、木の枝に引っ掛かってる鹿を貢ぎ物とせよと勅命する。
まったく同じ展開で諏訪の御頭祀りはすすむ。日本にはユーラシア大陸各地の要素が入っているようだ。
諏訪では御柱を七年毎に16本入れ換える。アルプスから伐り出された御神木である。
その御神木…7年毎に16体の木霊が龍神に神上がるという。諏訪はますますパワーアップする。
古い御柱は磨かれて各地の諏訪神社に送られる。
新発田の諏訪神社
火事になり焼失した。
再建にあたり、諏訪大社から御柱が一本下賜された、
新発田では霊験あらたかになったと有名な話である。
56歳の結婚記念日に心不全で三週間の入院をした。
参拝の再開は翌年の諏訪大社からであった。初めての昇殿参拝をされて頂いた印象的な参拝だ。
まだ、一度もあの勇壮な御柱祭りを見ていない、生きてる間に是非とも見てみたいものであるが…。
晴山