夏に書いたまま、放置していた記事。
備忘録として。
8月上旬、かねがね行ってみたかった阿蘇神社へ、よりにもよって猛暑日に行ってみた。
朝9時45分出発。
多摩川左岸を、ひたすら北西へ進む。
時速20km弱ぐらいか。サイコンがないのでよく分からない。途中小休止を1回。
木陰はほぼない。8月の太陽が容赦なく照りつける。汗がとめどもなく出る。
こんな日でもガチ勢はそれなりにいる。いつものようにビュンビュン抜かれながらひたすら川沿いを西に進む。
中央自動車道からは知らない道。
知らない道を走るのは楽しい。
羽村取水堰に到着して少し休む。
一応ここが多摩サイクリングロード の終点のはずである。
ここで自分より少し上のおじさんに話しかけられる。
「ここより上に行けるんですか?」
「いや、私も初めて来たので分からないんです」
自転車乗りに初めて話しかけられて、緊張と嬉しさ。何となく雰囲気的に自転車ガチ勢ではなさそうな方で良かった。ガチ勢はコワイ。
川に入って遊んでいる人たちがたくさんいる。ここまで来るとあの多摩川が清流のように見える。明らかに涼しい。
阿蘇神社の前に神社があったのでお参りした。玉川神社。
その後阿蘇神社へ。境内の写真は遠慮した。
境内には誰もいなくて蝉の声だけが辺りを支配している。自転車お守りがあると聞いていたけどよく分からなかった。
まだ体力は残っている。そろそろお昼ご飯を食べて帰りたい。でもどこにどんな店があるか分からない。まあいいや。東に戻る帰り道に何かあるだろう、とペダルを踏みながら考える。
相変わらず暑い。
でも川沿いには見たところ店はなかった。
困ったなあと思いながら自動販売機を発見して清涼飲料水を買う。500ミリリットルを一気に飲み干してしまう。ちょっとまずいかも。
こうなったら知っている店があるところまで戻ることにしてひたすら進む。
午後1時過ぎに目当てのカフェに到着。ランチが残っていたのでお願いする。ご飯を食べる体力は残っていたので助かった。
初めは順調に進む。でも途中からペースが落ち始める。脚が重い。初めて体験する感覚。
のんびり走るポロシャツのBianchiさんに抜かれてももう追いつけない。初めから無理だけど。
そのうちさらに脚は重くなり少しの勾配でもキツく感じる。帰宅できるかな。ここからの1時間は苦しかった。
3時45分、ようやく帰宅。あれはハンガーノックというやつなのかな。いや、多分違うと思う。頭痛や吐き気はなかったから熱中症ではない。左太ももに痛みを感じるけど明日にはどうなるか。
走行距離はたぶん75kmぐらい。
結局、翌日には脚の痛みは薄らいだし、何の問題もなかった。目標を達成した満足感だけが残った。
もう次にどこに行くのかしか考えられない。
もっと早く走りたい。もっと遠くに行きたい。もっと長く走りたい。
要するにまんまと自転車沼に落ちたのだ、たぶん。
結局8月は何度も60kmから70kmのライドをした。
ところでなぜ東京の多摩川沿いに阿蘇神社があるのだろう?
ちょっとネットで調べただけだけど、熊本以外にあるのは岐阜・羽島市と東京・羽村市だけらしい。浅間神社のように各地域にたくさんあるのかと思いきや、そうではない。
神社の縁起としては推古天皇在位中の601年創建、933年には平将門が社殿を造営、とある。熊本から勧請した、という記録はないようで、創建前後のことは茫漠としている。
古くは安所、安曽などとも言ったらしく、治水に関係していることは疑いようがない。祭神の健磐龍命自体が治水と開拓を意味している。
ただやはりなぜ阿蘇神社なのかは分からない。
もしかしたらここから北へわずか20kmほどの場所にある高麗神社にヒントがあるのかもしれない。
666年〜668年にかけて朝鮮半島の高句麗が滅亡し、多数の元高句麗人が日本に渡来した。日本書紀には716年、大和朝廷は関東を中心とした七国に散らばる1799人の高麗人に今の飯能市、日高市にあたる場所を高麗郡として移住を命じた、という趣旨の記述がある。その名残が飯能の高麗神社だ。
つまり7〜8世紀の武蔵国西部の開拓を、はるか朝鮮半島からきた高麗人が担ったわけで、もしかしたら同時期に治水と開拓の技能を持った阿蘇の民もはるか九州から関東に至り、多摩川周辺の開拓の一翼を担ったのかもしれない。
もしそうだとしたらダイナミックというか、ロマンがある話だ。
それはさておき、今回は多摩サイクリングロードの西を周回したわけだけど、この川沿いの道の魅力は川と鉄橋だと思う。
今回のルートだけでも7つの鉄道路線が多摩川を渡っていく様を眺めることができる。
広い空の下、それぞれのカラーリングの電車が鉄橋を走り抜けていく。
鉄橋を渡る電車はとてもすてきに見える。たぶん一枚の画の中に自然と人間の営みとが両立しているからだ。
不意に空の色が変わった気がして、頭を上げる。
夏の落日の残照が空を染めていた。
写真を撮って、もう一枚撮ろうと思うと、もうあの光は消えていた。
時にはこんな夕暮れに出会うこともできる。
知らない街の美しい夕暮れは誰にも平等に訪れる。こんなおじさんにも。






