誰かを占うのが大好きだ。
今まで散々いろんな仕事に挑戦した中で、一番占いが好きだし、向いてると思うし、やればやるほど成長も感じられる。
私は占い師になるために生まれてきたのではないかとすら思う。 

タロットから入門した。タロット占い師の友人がワークショップをやりたいというから真剣にリハーサルに付き合ったのがきっかけ。
大アルカナを全部口頭で(資料なしで)ダーっと解説。合計3時間くらいだったかな。猛スピードでメモした。
それから展開方法を3つ教わった。ワンオラクル、二者択一、ヘキサグラムの3つ。
(今思えば大アルカナだけのヘキサグラムって、かなり重量級の答えだったと思う) 

リハを受けた生徒役の私が占えるようになれば、先生としてはOKってことだよね?
ということで、身近な友人を何人も占った。
そうしたら、だんだん読めるようになってしまい、面白く感じてきて...そんな塩梅だ。
それまでは、占ってもらったこともほとんどなく、友達の付き合いで手相を1〜2回、とかそんな感じ。
なぜ占いをノーマークだったのか、今となってはそっちの方が不思議。 

その友人は料金をどうするかで結論を出せず、結局講座はやらなかった。
その代わり、タロットリーダー330が誕生した。
友人史に残る偉大な功績だ。褒めてつかわす。(なぜ上から目線) 

それからほとんど対面のみで占ってきた。
といっても専業ではないから、依頼があった時だけ。
それでも保険屋さんや葬儀屋さんのイベントに呼ばれれば行列もできるし、じんわりお客さんもついて、都合300件以上は対面結果をお伝えしていると思う(ここは嘘でも330件って書くところかもしれない) 

そして今、タロットだけだった私に画期的な手法が加わった。
タロットと占星術を組み合わせた複合占いだ。 

タロットと占星術が両方できる人はたくさんいると思う。
組み合わせて使う人も当然いると思う。それもたくさん。
だけど、私の占術はすごい。自画自賛する、『すごい』。
もしかしたら世界一すごいかもしれない!※330調べ 

同じ手法で身内を占った。
結果は震えがくるレベルのものだった。

それは、命術から導き出されるある種の運命論的な「その人だけの持ちもの」を
卜術の偶然性により「繰り返し現れるサイン」として拾うという手法。
これなら、アスペクトがあっても自覚してないとか、タロットで死神が出てもじゃあどう変わっていくのかとか
どちらかだけではなんとも言えない問題に「今だから掴めるとっかかり」を与えることができる。
あくまで「とっかかり」だから、他の占いと同様に自分で答えや進路を模索することに変わりはない。
だけど、「いま、改革のとき」と伝えるのと「繰り返し現れるサインの〇〇に注目して、こういうところを改革する」
とでは、後者の方がその人だけにコミットしていると言えよう。 

満月や新月リーディングとかじゃなくて、誰かにフォーカスして占うのが好きなんだ。
その人だけのストーリーを紡ぎたいんだ。
全く当たらない日運や月運、年運じゃない
六白金星なら誰でも同じ生き方をするわけではない
O型だったらみんなおおらかなわけじゃない
「あなただけの」ストーリーを、占いという手段で本気で読み解く。
その瞬間だけ、誰かの深いところに入る。
星と偶然から導かれるレゾナンスを翻訳する。
すごい特徴を発見しちゃった日には、早く結果を伝えたいから猛スピードで書き上げ送信する。
このプロセスが好きで好きでたまらない。 

「今愛してればいいから」
わたしの好きなある漫画のセリフ。
この力を占い師として誰かをみる時だけ、限りなく深く使う。太陽星座が蠍座7ハウスだからかもしれない。

早く仕事を占いだけに全振りしたい。
そんな日は来るのだろうか。

ある人は言った、来るのかではない、来るのだ。
そう信じて旧務を粛々と終わらせていく。 

わたし史上最強のすごい占い、あります。
その名も『330占い』。
必要としている人に、届け。

※現在混み合っており受付を休止しております


わたしの仕事の大半はパソコンに向かって頭フル回転させてやる仕事。
であると同時に飲食店、どちらかというと喫茶店という業態で店をオープンしているので、来客があれば当然接客もする。本業の打ち合わせや喫茶のお客であることが前提だ。

ところがこの地でうっかり友達付き合いする人を作ってしまったらどうかというと
わたしは決して暇じゃないのに勝手に上がり込んでオーダーもせずおしゃべりに付き合わされる
相手の都合で受け入れなくてはならず終わらせるはずだったスケジュールがこなせない
端的にいうと、あっちは満足してるけどこっちは不満が募る、
そんな関係が増えてしまった

友達面して仕事の邪魔をする人は必要ないな
そう改めて思った次第。

ただ、これを引き寄せてしまったのはわたしの言動ゆえだ。
だから、低いレベルのエネルギーや関係者が入ってこないようにしたい

そう考えた時、位を上げる、に気がついた。
わたし自身が何らかのレベルが上がれば入ってこれなくなるのでは
そう期待している。

こちらにも付き合う相手を選ぶ権利がある。
分け隔てなく付き合ってみてわかったことだ。
ここまで走ってきてストックが増えた。たまには振り返りも必要だ。

学校は落ちこぼれ量産場
学校で習うことは大人になって使わない
でもテストに追いかけられまくる

結局のところ、義務教育の中でも社会に出て使うのは国語だけだと思う。
だけど、文が読めない子のなんと多いことか。

だから、国語力を伸ばす、というか読解力や表現力を伸ばすことに特化したプログラムを作ってみたい。
ということをFacebookで発信してみた。

そうしたら、意識の高い親御さん達から、たくさんの意見をいただいた。単に、いいね!だけではない。それぞれの考え方、悩みや期待などが書かれている。

この投稿は私にとって勇気の要るものだった。
だけど、共感を呼んでおりそのことが嬉しい。

おそらく需要も高いのであろう。
何かしら、結果を出したいと思う。
難しいのは、個性に合わせると言うことであろう。
その時に、西洋占星術的アプローチ何かができると面白いなと思う。

私は花粉症がひどかったので、部屋干しが習慣となった。
今はひどい症状が出る事はほとんどない。なのに私は部屋干しを続けている。
症状がそれほどひどくない今、なぜこの習慣を見直さないのか
ということに、昨日唐突に気がついた。
昨日まで、全く気がつかなかった。

このように、習慣は時々見直さないと、意味がないのに続けてしまうものだ。
やる必要のない事は、習慣だからやっているのではないか?
こんな視点を持ってみるのもいいかもしれない。

とあるグループ企業の社長から、百年史を雑誌のように作りたいのでお願いしたいとの依頼を受けた。
立派な装丁だが誰も読まない年史よりも、雑誌のような読まれる年史を作りたいとのことだ。
彼は余命宣告を受けた癌患者であり、終活という意識も多分に読み取れる。この年史編纂は自らが担当すると言うのだ。彼こそが歴史の証人だからだ。

この仕事はわたしが出版していた雑誌を読んでのオファーだ。うちみたいな規模の会社が社運をかけて取り組んだ。でもそんなに売れることはなく、カメラマンにカネはほぼ取られ、注力しすぎてほかの現金になる仕事をしなかったため会社は初の赤字を出した。雑誌を賞賛してくれる人もわずかにいたが、経営はただただ苦しかった。残念だった。
(その後運気がこんなに変わるならもっと早く惨めさを味わっておけば良かった)
その仕事を見ていてくれた社長からのオファー。苦しいだけの日々はこうして、2年の時を経てある日突然報われた。思わず救われたと言ってしまった。見ていてくれるだけでなく正当な評価を仕事の依頼として返してくれた彼が神に見えた。

こうなったら精一杯やるだけだ。
文や取材力をもっと向上させよう。
コミュニケーション能力をあげよう。
事業の浮き沈み、感情の揺れ、何に心が動き何に魂が震えるのか観察して表せるようになろう。

百年史なんてそうそうないからね!
誇りを持ってこの仕事を受けよう。
やりたいことをやりなさい、と言われると無茶苦茶困る。
なんか自分の能力や経験が活かせて、なおかつ人の役に立つこと、という考えで、ジャンルはなんでもいいので。

はっきり言って効率は悪いだろう。何かを専業でやればどんどん研ぎ澄まされて専門性が増すだろうし、頭をいちいち切り替えなくていいので時間のロスが少なそう。

一方でいくつもの仕事が同時進行なので頭切り替えるだけでスンスンロスしそうだ。そして専業には敵わない。

そのうち一生をかけてでもやること!に絞るのかもしれないけど、まだその時期じゃないのだろうな。
なんとなくそれは四年後くらいに発露しそう。

私の主たる仕事はパソコンに向かって粛々と作業する、という内容が多く、

人間と話している間はそっち系は全く進まない。

 

なんだけど、人と話すからこそ次に繋がる仕事があるので、

全くなくすこともしない。

 

人間と話すと、以前はぐったり疲れていた。

でも今はそうでもなくなってきた。

力の入れ方と抜き方がわかってきたのかもしれない。

人間苦手な私にとっては進歩だ。

 

今日は

・本日グランドオープンする飲食店さんに提供する魯肉飯作りと納め

・喫茶店営業

・kimono美っくすコーデの仕入れで昔の同僚と再会

・本日グランドオープン店舗にお昼の買い出し

・仕入れ衣類の試着撮影

・オーダーポストカードの打ち合わせ

・政治と野菜と移住の話で打ち合わせ

・野菜を畑までいただきに上がる

・卸した品代の集金で素敵な額入り写真をプレゼントされる

・タロット占いプレゼン

・魯肉飯集金

・移動販売車軽めの打ち合わせ

と、集金とお話の多い1日になった。

 

野菜や飾るものなどのいただきものも多く、

また久しぶりに再会した元同僚もいい塩梅に受け入れてくれて

気になる政治と移住の話もいい方向に持っていけそうで

また何かの種を蒔けたかな、という感じの1日。

 

さあ、話しかけてくる人もいないくなったから、仕事に戻ろう。

わたしのブログ、相当人気なくて
アプリ開くと、ランキングで圏外とか平気で入ってるんです。
なのに、どういうわけかいいねが2、3ついたりすることがあって。

いいねしてくれた人に聞きたい。
どーやってこの全く圏外な記事を見つけたんですか?
ハッシュタグですか?
何を頼りに見つけたんですか?
タロットリーダーとして、嬉しい感想が寄せられた。
タロットで気持ちや方針を整理して、自分で問題解決できたと。

わたしのスタンスも定まった。

もともと結果を伝えると、やっぱりね、という反応は多かった。
だけど、本人が自覚がある部分ならまだしも、実は無意識とか潜在意識の方が領域が多い、とは心理学の観点から説明されている。

だから、本人が持っているけど自覚してないものを、タロットを使って見せてあげている
これがタロットリーダーとしての仕事なんだなぁと、再確認した。

ピンと来ないままで終わる人も3人くらいかな、かつていたけど、最近はそういうのはない。

あと、占い師とは別の意味の能力も使っているかもしれない。それは問題整理。論点を絞るとか、答えの伝え方とか。
その辺はわたしが意図せず培ってきた部分だ。タロットリーダーになるなんて思ってもいなかったから。

案外わたしはいい占い師のようだ。
そのことが嬉しい。