成りすまし霊のあがき
この地球における悪魔支配の終わり直前だけに、私にまとわりついている成りすまし霊のあがきもツライ。これを書こうとしている今この瞬間も、あがき続けており、様々な思考操作や言語操作を仕掛けてくる。例えば、悪魔支配の部分を、ライトワーカー支配の終わり…、と書かせられようとされた。先日、姉が光明真言を唱えることを進めてくれたので、先祖供養のためと、成りすまし霊退散のために、しばしば唱えることにした。はっきり言って、効果は絶大だった。身体は軽くなり、背中の当たりが温かく感じる…。しかしそれでも、魔との攻防は続き、私のちょうど弱いところをついて、攻撃の機会をねらってくる。私の場合、周りにきをつかって、こんな事を言っては失礼なんじゃないか…?とか、あっ…、ここで魔はこんなことを囁いてくるかも…、と思うや否や、ここぞとばかり、精神的な不快感を感じさせてきたり、ちょうど腎臓の当たりに憑依して、身体的な疲れを覚えさせてきたり、私の脳内にワザと気を引くようなワードを入れ込んで、心理戦に持ち込んできたりと、非常にやっかいでトリッキーな嫌がらせを仕掛けてくるのだ。こんな時は、もう夏の暑さも彼岸まで…、というが、悪魔のヒエラルキーももうすでに終わり、あとは成りすましの者らだけ。残暑である、と気持ちを鼓舞してなんとかしのいでいるといったところだ。2026年9月にもなったのに、まだ成りすまし霊に集られているって、私の波動がよっぽど低いのかな?周りのライトワーカーの方たちは、どうなんだろうか?私のこのような闘い、邪霊との格闘というのは、世間一般では幻聴とか、妄想と片付けられ、治療の対象になってしまう。そのつらさは、薬を必要とするくらい過酷なものである。どうか、この孤独な闘いを、単に頭がオカシイとか、スピリチュアルにおける劣等だとか思わないでほしいのだ。この経験をあてがわれる人間は、それを強さに変換できるから、ともいえるのであるから。今回はこの辺で失礼します☆彡あるがまま、あるがままに☆彡☆彡