愛ちゃんとマーバ

愛ちゃんとマーバ

愛ちゃんは13歳の女の子。マーバは62歳。
愛ちゃんには曾祖母(92歳)がいるから、曾祖母を「ヒーバ」と呼び、祖母を「マーバ」と呼んでいる。もちろん母のことは「ママ」と呼んでる。
これは、孫バカ日記なのだ。

大好きな孫との日常を書いて行きます合格
孫バカ日記です音譜

 母に1番合う施設を探す為に、あちこち見学して決めた施設。母にとっては終の住処になるから慎重に決めた。


 12月に開設したばかりだから、綺麗だし、色々と新しいシステム。




間違え無い服薬



見守りセンサー



食べなかった病院のムース食とは違う食事



要介護5の母は大きなお風呂には入れないけど、リフト浴やミスト浴。



有料になるけど、フットケア。


屋上にはドッグラン🐶

うさぎ🐰のミミちゃんも滞在。

近隣の幼稚園児の訪問

パン屋さんや魚屋さん、フラワーアレンジメント。


全ての入居者さんは個室。

素敵な住処になって、母も私達もニッコリ😄の筈だった。

母と暮らせないのは悲しくて寂しいけど眠れない日々で限界だったから施設に行けば、家族以外の人と話しが出来るし、家の中だけの生活より、車椅子に乗って行動範囲も広がり友達も出来て楽しい暮らし。


そう思っていた。



でも、そんな思いは2日で無くなりました。

自宅介護で疲れていた私を「早く施設に入ってミチコを楽にさせてあげたい」って言ってた母が、施設入所2日目に「帰りたい。こんな処に入れて、せいせいしたでしょ。」って言って怒り、面会に言っても口を聞いてくれず無視をして😢

もう、悲しくて悲しくて。

母の事だけを考えて過ごした数ヶ月。

そんな風に母は思っていたのかと考えると頭が真っ白になってしまって😢


もう母に会えないと思ったけど、chat GPTに相談して、こんな回答を頂いて



私は救われました。


母は「1番良い施設って言ったのに、全然良く無い。呼んでも直ぐ来ない。ずっと待たされる」

でも、それは仕方ない事。

私だって、ナースコールが鳴っても直ぐに行ける時と行けない時がある。同時になるときは優先順位を考える。


インドネシアのスタッフが日本語が分からない。

「うんちはオムツにして下さい。それがここの方針」って言われた。と、言って泣く母。

(母は腹筋も弱くて座らないと排便が出来なくて、入院していた3ヶ月も、自宅でもトイレでの排便だった。)

これは施設側に相談をして、改善して貰った。

chat GPTに相談方法を聞いて、お互いに良くして行きましょうと言うスタンスで相談をした。

その結果、夜中とかは無理でも日中はトイレに誘導してくれるように改善してくれました。



新しい施設なので、スタッフが介護に慣れていない人も多く、『え?』って思う事も多いのですが、施設はこんなものなのかな?と思いながら、私達も慣れるようにしています。


足がこんなに浮腫んでも『仕方ない』と思う事に。

(後日、施設外から定期的なマッサージを入れました)


「何処にぶつけたか分からない」と言う母。

毎日の面会でガーゼ持参して、私が処置してます😓

施設って、こんな処なのか?って、思いながら。




母の中では一緒に過ごすと思っていたクリスマス🎄やお正月🎍も過ぎて



施設入所から1か月が経ち、やっとほんの少しだけど、お互いに慣れて来ました。






今度の選挙について話す母。

施設で友達出来るって思っていたけど、話が合う人がいないって😅

でも、スタッフさんとは話せるようになって会話してるし、インドネシアの人には「ありがとう」をインドネシア語で教わって「トゥ.リマカシ」と返事してる。

ほんの少しだけど順応してる😊


それは私も一緒で母を施設に入れて申し訳ないと思う気持ちが少しだけ小さくなった。


母に「今の1番の楽しみは何?」って聞いたら「家族と喋る事」って即答されたから、仕事で面会時間に間に合わない日以外は毎日、面会に行って母と話しをしている。



 ひ孫も面会に連れて行く



掃除する、ひ孫の愛ちゃん。






9月に「覚悟して下さい」と言われたから、1月には母はいないと思っていて、2月の『丸亀ハーフマラソン』をエントリーしていた😅

まだ、生きてるけど。

丸亀ハーフ行って来ます。

食事ができるようになったので、まだまだ生きると思われるけど、12月のホノルルマラソン行きます。

愛ちゃんが来年は受験生になるので、今年連れて行きます。もう、私より全然速くて、でも一緒に走って来ます🏃‍♀️🏃‍♀️




(母と小さな頃の愛ちゃん)




#孫バカ

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#丸亀ハーフマラソン

#ホノルルマラソン





11月18日にコロナから間質性肺炎になり、要支援2から要介護5になった母がバルーンを付けて自宅に帰って来た。




「やっと家に帰れる」って、とても喜んでくれた😊

ただ帰宅したら、母の部屋では無くてリビングにベッドを置いてあったので「自分の部屋に帰れると思って楽しみにしてたのに😢」って嘆いていたけど。

寝返りも打てなくなった母を介護するには、母の部屋では狭くて無理だから仕方ない。


 「家に帰ったら、歩くしか無いから歩くよ」と言っていたけど、3か月の入院で全く歩けない。

日曜日以外、午前と午後のヘルパーさんを入れ、週1回の訪問看護師、訪問医師、そして訪問リハビリ。

 朝、起きてベッドにモーニングケアをセットして朝食の用意して、私が仕事に行く前にPトイレで排便を済ませる。無事に朝トイレが終わったら仕事に行き、母はベッドでお留守番。

 昼休みに一度帰宅して、逆流性食道炎がある母に食前薬を飲ませて、昼食を置く。(昼は簡単な物、バナナやヨーグルト、パン、スープ等)自分も簡単な昼食を済ませて仕事に戻る。1時間の休憩で白衣から私服に着替えて、車で自宅に戻り、食事を済ませたら職場に戻る。私服から白衣に着替える。着替えと車往復で30分はかかるから、自宅に居られるのは30分程。だけど、この時間は母の安否確認と体位変換には必須だった。


 朝、学校に行く前のひ孫との時間。幸せな時間。




 仕事から帰宅すると、食前薬を飲ませてから夕飯の準備。準備中にソファに降りて、自分でリハビリしたり、孫達と会話したり、ベッド上の生活だったけど母は楽しく過ごしてた。病院では食事も水分も摂れず退院まで点滴をしていた母だったけど、自宅では食欲が戻り、少ない量であったが食事をするようになっていた。




 ただ、私がしんどかった。

寝返りが打てない母の為に、自動体位変換機を借りていたけど、背中が丸まり骨が突出して痩せている母。夜中に3.4回の体位変換をしないと痛くて眠れない。母の声やアラームを2.3時間置きにセットして、毎晩身体の向きを変えに起きる。

昼間も4時間以上は1人にさせておけない。身体の向きを変える。排便感覚があればPトイレに座らせる。

 朝まで眠れない睡眠不足で私の感情はボロボロ😭

職場で母の話をすると、直ぐに泣いてしまう状態でした。24時間母の事ばかり考えていて、精神状態はおかしくなってました。


 母も「早く施設に入って、ミチコを楽にさせてあげたい」って言ってくれてました。(本当は自宅に居たいのに母の気持ちに涙が出ましたが、このままでは共倒れになる。周囲からも言われて母を施設に入所させる事が最善だと無理矢理思う事にしました)


 これは長続きしないと思い、自宅退院前から探していた特養の面談を12月上旬に行って、中旬の14日に特養に入所しました。

 (14日は2025年のホノルルマラソン大会日で、ホノマラの日に日本に居る事が不思議だった。)



 入所した特養を選んだ理由は、

1.面会時間が9時〜18時半で滞在時間や滞在人数は自由。

2.自宅から近い。車で10分以内。

3.ユニット型で個室

4.お菓子を手元に置いておける。(小腹が空いた時に食べたい母)

5.デパスを手元に置いておける。(不安になった時に薬を飲める)


12月開所な施設なので新しく綺麗で、緩い規則も決めてになりました。




 施設入所の日。

子ども、孫、ひ孫達が集まって引越し作業。



 長くなるので施設の話は、また次に書きます。

これから母に会ってから夜勤に行きます。

 在宅介護中の夜勤の日は、娘(母からみたら孫)が泊まりに来てくれました。娘も病院勤務だから母のトイレ介助が出来るので。



#92歳 #要介護5

#在宅介護






 9月3日から急性期病院に入院して、もうすぐ3か月。転院を迫られています。

 入院してから毎日、面会に行っています。食事量が極端に少ない母に母が食べれそうな物を持参して夕食時間に面会しています。隔離されて会えない日は手紙や新聞を預けに。





 横浜マラソン前日の土曜日も夕方面会して、埼玉から面会に来ていた弟と「明日、どうする?」と話したけど、出走するか決まらず😓 とりあえず「朝の気分で考える」と言って別れました。20時過ぎに埼玉に帰って行った弟🚙

 翌日5時、外は雨。私は布団の中で雨だし、練習して無いし、左膝は痛いし、右踵は遊離骨折してるし、走るのやめようと弟にLINEしたら「大宮から電車乗ってる」と返信が来て、ビックリ‼️して飛び起き、会場に向かいました😅


 横浜マラソン当日は雨☔で



 練習不足や膝や踵の痛みなどから完走出来るか分からなかったけど、完走出来ました😅

 しかも、弟も完走してました😊

必死だったので途中の写真は撮らず、完走後も写真も無いけど、応援に来ていた愛ちゃんと義妹と弟とプチ打ち上げをしました。(打ち上げ後は母の面会へ)




 愛ちゃんは、駅伝で3000m走る前日に、また転んで足を怪我して外科受診し、

【傷の写真がでます。苦手な人はここでストップ】












 走るのを止めるかと思ったけど、外科医が走っても良いって言うので走りました😅



 横浜八景島での中学生駅伝大会。走る前のアップ中にパチリ。



 部活の合間に駒沢公園で私と走ってくれたりしてくれてました。


 下の孫は、バスケとのハーフタイム?にダンスをするので、みんなで観に行き









応援しながら缶チューハイを飲み、酔っ払ってしまいパパに怒られてしまいました😁


ダンスは先日、新横浜のパフォーマンスで愛ちゃんと下の孫も出演。でも今回は飲まないで観戦😊









 孫たちの行事を満喫しつつも母の面会は毎日。

そして、次の母の居場所探しに翻弄の日々。

もちろん看護師としての勤務で夜勤もやりながら😅

凄いな私って、自分を褒めながら😁


 病院の面談で母の主治医から自宅は無理だか医療院を勧められました。要介護5になった母。口は達者だけど寝返りも自力では難しい。

 時々、せん妄になりパニックになったり叫んだりする。

 でも、リハビリのおかげで支えて貰えば3秒ぐらい立てる様になったり、足も尖足せずに居られている。

 母ね認知機能の歪みはあるけど3秒立てた事で「家に帰りたい」との思いは強い。


 


 

 要介護5になった事で特養の見学を始めた。いくつか特養を見学したけど、何処も良かった。無理に食べさせない、水分補給のためだけに点滴はしない。食べなくても飲まなくても本人の身体に任せて看取りまで行ってくれる。そんな特養だけを見学した。

 もう直ぐ3か月なので、特養を待つ間の住処として有料老人ホームも見学した。こちらは弟に任せたが。有料老人ホームはやはり金額がまちまちで、もし母が長生きしたら金銭的に難しい場所だったり、看取りは難しいところもあり、ひとまず取りやめた。

 主治医が勧める医療院も見学した。主治医は「自宅に帰り母が体調が悪くなった時にさするしか出来ないと家族も母も苦しむと思う。医療院なら直ぐに治療ができるから安心。」主治医は介護する私や家族の大変さも考えて、言ってくれた言葉だと思う。

 だから、医療院の面談の時には「お願いします」って伝えていた。

 でも、実際に医療院を見学したら『ここに母を行かせられない』と思ってしまった。一緒に見学した娘も同様だった。

 私は看護師で娘はナースエイドとして病院で働いている。見学した医療院で入院されている患者さん達を自分の病院でも見ている。だから見学前から想像していた姿とは相違は余り無い。

 だけど無理だった。

経管栄養や胃ろうの患者さん。点滴やCVの患者さん。会話や話し声がしない病棟。意味の無い声を発する患者さん。刺激を遮断する為か2階なのに地下室みたいに薄暗い病室。浴室にはストレッチャー浴の機械が中央に設置され、脱衣所も無い。

母が意識もぼやけて、静かに死に向かうなら、この医療院は最適なのかも知れない。医療院を否定するわけでは無い。

 だけど母には無理だと思った。

医療院は中学生の面会は禁止だった。愛ちゃんは産まれた時から曾祖母ちゃんと一緒だし、母と暮らした2年間は毎日曾祖母ちゃんと一緒に暮らしていたのに医療院に入院すると、次に会うのは危篤の時。

それも医療院が嫌だった理由だけど、見学して分かったのは中学生にこの医療院を見せる事は出来ないと感じた。もし弟が見学に来ていたらショックだったと思う。(全てとは言わないが私は長寿である日本の闇でもあるって思う)



 見学後の家族会議で『医療院』は無理だった事を告げ、じゃあ、どうするか?を話し合い、自宅に母を退院させる事にしました。

 要介護5の母をずっと自宅で看るのは無理なので特養が決まるまでの期間限定ですが。

 今は訪問診療、訪問看護、訪問ヘルパー、訪問リハビリを入れる準備と電動ベッドや電動体位変換機などの準備をしています。主治医の診療情報提供書が訪問診療の医師に渡り、準備が整えば来週には母は約3か月ぶりに帰宅します。前の母の部屋からリビングにベッドを置き、介護がし易い広いリハビリへ。

 私は慣れるまで2週間休みを取りたかったのですが人手不足で1週間のみ😓 勤務に出たら休み時間に母を見に帰り、再び勤務へ行く予定。(自宅と勤務先が車で8分位、着替え等を入れると15分。往復に30分かかるけど30分は自宅に滞在できるから、オムツ替えや食事セットは出来そう)

 夜勤は日曜日を明けにして貰い、娘が土曜日に宿泊してくれる。


 そうやって、みんなと協力して母を自宅介護します。私達が潰れる前に特養に入れれば良いのですが。とにかく、頑張ります💪




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