ようやく親戚たちの安否確認ができました。

長かった・・・


母の実家と、叔母たちは家が無事だったため自宅にいるとのこと。
海寄りの親戚の親戚も避難所にいるようです。


ほっとして・・・腰がぬけました・・・。

でも、手放しで心から喜べない感じ。


まだまだたくさんの人たちが、大切な人の
安否確認ができず、連絡がとれず、家族に会えず、
不安な思いでいることと思います。


決して希望をすてないで。


この豊かな時代で6日も連絡がとれないなんて
ほんとに異常な事態です。


電話が通じて、電気が使えて、ガスも使えて、

蛇口をひねればいつでもお水が出てくる。

そして家族と、大切な人と一緒にいるのが

当たり前のそれまでの生活。


被災した小学校3、4年生くらいの女の子が
TVのインタビューで、


「今まですごく幸せだったことが初めてわかった」


と言ってました。すごく心に染みた言葉です。


私なりにできることを考えながら、気持ちを強くもって

節電もあるので、時間を控えめにしながらトレードしています。

勝たせてもらったことに心から感謝し、募金しました。


そして、こういうときに大きなお金を寄付することができる

トレーダーに絶対なるぞ、と誓ったのでした。


今回の地震、津波で犠牲になられた方々、ご遺族の皆様に

謹んでお悔やみを申し上げます。


被災にあわれた皆さまへ、心よりお見舞い申し上げます。


多くの行方不明の方々の無事を心よりお祈りいたします。






母の前では気丈にがんばってきたけど

さっきお風呂でシャワーの音で消されるから
思い切り泣きました。

堰をきったように。


こんな気弱じゃいけないとわかっているけど。

たぶん母も、私の知らないところで泣いてるのかもしれない。

母のすぐ下の妹のおばちゃん。
毎年おいしい新米を送ってくれる。
毎年、お盆に帰るたびにたくさんの野菜や海産物を
おみやげにもたせてくれる。

海で親戚みんな集まっての(多い時は30人以上!)
バーベキューでは、たくさんお肉や野菜を用意して
みんなにふるまってくれる。

ふところのおおきい、典型的なニッポンのかあちゃん的おばちゃん。

今年のお盆も絶対あの笑顔に会うんだもん。
おばちゃんやおじちゃんや、いとこやそのダンナさんや娘たち。
みんなで集まってバーベキューするんだもん。

お盆にお墓参りに行くと、小さいころから
たくさんの知らないおじちゃんやおばちゃんが声をかけてくれた。
小さい町だから母の知り合いがいっぱい。

あの、おだやかであったかくて人のよい人たちの身の上に
なぜこんなことが起こるのか・・・

うちの親戚だけじゃなく、
一人でも多くの命が助かりますように。
今、救助を必要としている人のところに
一刻も早く救いの手が届きますように。
離れ離れになった家族が出会うことができますように。
避難している人たちのもとに
あたたかい食事や水や必要なものが
届きますように。
母のふるさと、南三陸町。
旧志津川町と旧歌津町が合併し、おもにニュースで流れているのは志津川のほう。母の実家は歌津です。

家自体は海寄りでなく、山のほうに4kmほど入ったところです。

叔父家族には連絡ついたものの、叔母家族と全く連絡つかず。

南三陸町、不明1万人。

美しいリアス式の海岸。
毎年お盆に帰省するたび美しく豊かな自然に癒されてきました。
今は見る影もありません。

とにかくみんな元気でいて。