出生70万人時代――余裕なき現役世代に、さらに負担は重なるのか
2025年の出生数は70万5809人。
10年連続で減少し、過去最少を更新した。
少子化は止まらない。
だが私は問いたい。
これは本当に「若者の価値観」の問題なのだろうか。
結婚は気合いではなく「余力」の問題
結婚は覚悟だと言われる。
愛があれば乗り越えられるとも言われる。
しかし生活は精神論では成立しない。
家賃。
光熱費。
食費。
医療費。
老後への備え。
これらを抱えながら、さらに家庭を持つ。
子どもを育てる。
それは気持ちではなく、余力の問題である。
私の給与明細という現実
2026年2月の私の給与は次の通りだ。
支給額合計:311,063円
控除額合計:89,420円
差引支給額:221,643円
約3割が差し引かれている。
内訳はこうだ。
【社会保険料】
健康保険 13,950円
厚生年金 27,450円
介護保険 3,150円
雇用保険 1,704円
合計 46,254円
【税金】
所得税 6,660円
住民税 16,300円
合計 22,960円
税と社会保険料だけで約7万円。
そこに保険料や積立などが加わり、手取りは約22万円。
私は40代である。
この水準から生活費を払い、将来の備えを行う。
そこに「家庭を持つ」という選択を重ねる。
容易ではない。
少子化は「意識」の問題なのか
よく言われる。
若者が結婚しなくなった。
恋愛しなくなった。
草食化した。
だが現実はもっと単純ではないか。
可処分所得が少ない。
将来の見通しが立たない。
失敗したときのリスクが大きい。
この条件で大きな決断を躊躇するのは自然である。
結婚が減れば出生は減る。
これは統計上当然の結果だ。
そして進む「広範な負担」
現在、日本に「独身税」という税は存在しない。
しかし、子育て支援財源確保のための保険料上乗せや、
社会保障費の増加による保険料負担増は現実に議論・実施されている。
子育て支援そのものを否定するつもりはない。
だが、
余裕を削りながら
「結婚しろ」「子どもを増やせ」と言う構図には違和感がある。
順序が逆ではないか。
責めるべきは個人か、構造か
独身だから悪いのか。
甲斐性がないからか。
私はそうは思わない。
問題は構造だ。
・可処分所得の低さ
・社会保障の将来不安
・挑戦に対するセーフティネットの弱さ
これらが積み重なり、
結婚は“体力のある人の選択肢”に近づいている。
それが出生数70万人時代の背景ではないか。
結論
少子化は道徳の問題ではない。
経済と制度設計の問題だ。
結婚は本来、特権ではない。
しかし現状は、
余力のある人が有利な構造になっている。
少子化対策を語るなら、
まずは現役世代の可処分所得を増やすこと。
将来の見通しを持てる社会をつくること。
そこからではないだろうか。
🔍最後に、冷静に
この給与水準でも結婚している人はいる。
だから「全て制度のせい」とは言わない。
だが、
余裕が削られ続ける社会で
大胆な人生選択が減るのは合理的だ。
出生70万人という数字は、
私たちの“心理”ではなく“設計図”の結果かもしれない。