こんな時間に目が覚めて、眠れないので日記を書き始めるみーたんだよ。
夜ってなぜか色んな思いが頭をよぎるよね。
ちょっと過去話でも・・・。
(ちなみに、流産のお話なので興味のない人はスルーしちゃってください)
※一部、非常に生なましい表現がありますのでご了承ください。
私の3番目の子がお腹に来てくれたのは2008年6月の事だった。
当時ネエとニイがいて、「子どもは3人がいいね~」と旦那と話していて、ニイはその時一歳三ヵ月。
卒乳してまだ間もなくで、産後の生理も再開して3度か4度って時だったかな。
望んでいたから、毎月”そうだったらいいな”の状態だった。
そんな心理状態だったからかどうかは分からないけど、その月はなんとなくお腹に来てくれてるという感覚があっった。
でも、最初から下腹部がチクチク痛かった。
ネエやニイの時も妊娠初期は子宮が膨らむ感覚なのか少し下腹部が張るような感覚があったから、”きっとそれだよ”と思うようにしてた。
でも、心のどこかに”ホントに?なんか、そうじゃないような気がする”と漠然とした不安があった。
ネエがお腹に来てくれたときは、最初から”あ、女の子が来てくれた”と思ったし、ニイの時も”今回は男の子だな”って確信にも近いものを感じていた。
だから、余計に分からないという状態が不安で仕方がなかった。
常にチクチク痛いのが当たり前で普通に生活をしていたある日、パタっと痛みがなくなる日があった。
その数日後かな・・・トイレに行ったら下着に茶色い物が付着してた。
その時は着床出血というやつかな?と思った。
これが鮮血だったら大騒ぎしてただろうけど、茶色だからその程度にしか思わず、また”その日”まで普通に生活した。
普通といっても、やっぱり下腹に重い物を抱えたような痛みがあった。
やっと生理予定日が来て、待ちきれなくて妊娠検査薬を試してみた。
ネエの時は生理予定日に調べて、おしっこをかけてすぐに濃い陽性反応がでた。
でも、この時はすごく時間がかかった後、うっすらでた。
”やっぱり、何か違う”
と感じて、すぐに産婦人科に行った。
病院でしてもらった妊娠検査でも陽性はでた。
でも、やけに時間がかかった。
気持ちがモヤモヤしてたから余計にそう感じたのかもしれないけど。
エコーを撮ってもらうと、まだ子宮には何もなかった。
でも、先生がしきりに卵巣付近を気にして映してた。
素人目にもわかるような異変がそこにあった。
呼吸を止めて、じっとその映しだされた物を見た。
腫れ上がった卵巣のすぐ近くで胎児の心拍とも取れる動きが見えた。
生理が再開して間もなくで、それこそリズムもバラバラで正直排卵がいつ起こっていたかなんてわからない。
それが分からないから、その時一体、妊娠何週目だったかもわからない。
でも、可能性のある日を考えたら、もしかしたら早くて6週に入ったところ。
ずっと重い痛みを抱えてきて、その異変を目にして”やっぱり”というどこか冷静な感覚だった。
その日の昼過ぎくらいだったかな?
トイレに行ったとき、急に何かが出る感覚がして慌てて手を当てた。
その手には親指の先くらいの塊が乗っていた。
ガーゼに包んで、病院に電話をしたら「それ、持ってこれますか?」そう言われて、その夕方また受診した。
ガーゼから取り出されたその塊は、トレイに乗せられてどこへ持っていくのかと見ていたら目の前の流しでジャーと水洗いされて先生にぷにゅぷにゅと調べられた。
先生の説明は二転、三転して結局あれはなんだったのか・・・。
最初は、子宮外妊娠かも?と言われて(実際、それらしき動きも見えたから)
でも、その割には痛みはそこまでではなく。(普通なら立っていられないほどらしいから)
もう一度エコーを撮ってもらったら、心拍のような動きは無くなっていた。
その時の説明だと、
「子宮外に妊娠しても、子宮内にも妊娠反応によるものができる事がある。卵巣付近に着床したけれども、元々育たない運命の赤ちゃんで、たまたま落ちて大事に至らなかった。」
という感じだった。
実際、ダグラスと呼ばれる部分(子宮の外側で体の中の一番底の部分)に血が溜まっていたのだからその話が真実なのだろうと私は思った。
その後、受診の度に妊娠検査薬をして反応がだんだんと薄くなっていった。
現実を見せつけないで欲しいって気持ちだったな。
でも、あの塊が出たとき、それまでの痛みがうそのように消え去った。
あの時に、もう望は私の中から消えてしまったんだ。
望というのは、3番目の子の名前。
ダメかも知れない。でも、無事であってほしい。
そう望みをかけていた。
この子は何を伝えに来てくれたのかなってたくさん考えた。
すぐ無理しちゃうママに、もっとまわりを頼っていいんだよって伝えてくれたのかな?
エコーに一瞬だけ映ったのは
”ママ、私(僕?)はここにいるよ”
って伝えたかったのかな?
でも、きっとママは望に助けられたんだ。
そう思った。
自分に都合のいい解釈ばっかり・・・。
でも、そう思わないと辛すぎた。
こういう考え方は自分が弱いからなんだろうね。
それでも、こんな弱いママにもその時二人のわが子がいて、落ち込んでる暇なんてなかった。
当時は二人とも家にいたから、痛みを抱えた状態でも、流産のショック状態でも関係なく慌ただしい日常だった。
それは、肉体的には辛くても、精神的には救いだったと思う。
よく聞く、嫉妬心だとかも特に感じることはなかった。
他の人は他の人だから。
今はタイミングではなかったんだ。
そんな風に思って、時々、今日みたいに夜中に思い出して悲しいわけでも、悔しいわけでもなくただポカンと心に穴が空いたような状態だったな。
その後、まさかの2度目の流産が待ち構えてるとは思いもしなかった・・・。
夜ってなぜか色んな思いが頭をよぎるよね。
ちょっと過去話でも・・・。
(ちなみに、流産のお話なので興味のない人はスルーしちゃってください)
※一部、非常に生なましい表現がありますのでご了承ください。
私の3番目の子がお腹に来てくれたのは2008年6月の事だった。
当時ネエとニイがいて、「子どもは3人がいいね~」と旦那と話していて、ニイはその時一歳三ヵ月。
卒乳してまだ間もなくで、産後の生理も再開して3度か4度って時だったかな。
望んでいたから、毎月”そうだったらいいな”の状態だった。
そんな心理状態だったからかどうかは分からないけど、その月はなんとなくお腹に来てくれてるという感覚があっった。
でも、最初から下腹部がチクチク痛かった。
ネエやニイの時も妊娠初期は子宮が膨らむ感覚なのか少し下腹部が張るような感覚があったから、”きっとそれだよ”と思うようにしてた。
でも、心のどこかに”ホントに?なんか、そうじゃないような気がする”と漠然とした不安があった。
ネエがお腹に来てくれたときは、最初から”あ、女の子が来てくれた”と思ったし、ニイの時も”今回は男の子だな”って確信にも近いものを感じていた。
だから、余計に分からないという状態が不安で仕方がなかった。
常にチクチク痛いのが当たり前で普通に生活をしていたある日、パタっと痛みがなくなる日があった。
その数日後かな・・・トイレに行ったら下着に茶色い物が付着してた。
その時は着床出血というやつかな?と思った。
これが鮮血だったら大騒ぎしてただろうけど、茶色だからその程度にしか思わず、また”その日”まで普通に生活した。
普通といっても、やっぱり下腹に重い物を抱えたような痛みがあった。
やっと生理予定日が来て、待ちきれなくて妊娠検査薬を試してみた。
ネエの時は生理予定日に調べて、おしっこをかけてすぐに濃い陽性反応がでた。
でも、この時はすごく時間がかかった後、うっすらでた。
”やっぱり、何か違う”
と感じて、すぐに産婦人科に行った。
病院でしてもらった妊娠検査でも陽性はでた。
でも、やけに時間がかかった。
気持ちがモヤモヤしてたから余計にそう感じたのかもしれないけど。
エコーを撮ってもらうと、まだ子宮には何もなかった。
でも、先生がしきりに卵巣付近を気にして映してた。
素人目にもわかるような異変がそこにあった。
呼吸を止めて、じっとその映しだされた物を見た。
腫れ上がった卵巣のすぐ近くで胎児の心拍とも取れる動きが見えた。
生理が再開して間もなくで、それこそリズムもバラバラで正直排卵がいつ起こっていたかなんてわからない。
それが分からないから、その時一体、妊娠何週目だったかもわからない。
でも、可能性のある日を考えたら、もしかしたら早くて6週に入ったところ。
ずっと重い痛みを抱えてきて、その異変を目にして”やっぱり”というどこか冷静な感覚だった。
その日の昼過ぎくらいだったかな?
トイレに行ったとき、急に何かが出る感覚がして慌てて手を当てた。
その手には親指の先くらいの塊が乗っていた。
ガーゼに包んで、病院に電話をしたら「それ、持ってこれますか?」そう言われて、その夕方また受診した。
ガーゼから取り出されたその塊は、トレイに乗せられてどこへ持っていくのかと見ていたら目の前の流しでジャーと水洗いされて先生にぷにゅぷにゅと調べられた。
先生の説明は二転、三転して結局あれはなんだったのか・・・。
最初は、子宮外妊娠かも?と言われて(実際、それらしき動きも見えたから)
でも、その割には痛みはそこまでではなく。(普通なら立っていられないほどらしいから)
もう一度エコーを撮ってもらったら、心拍のような動きは無くなっていた。
その時の説明だと、
「子宮外に妊娠しても、子宮内にも妊娠反応によるものができる事がある。卵巣付近に着床したけれども、元々育たない運命の赤ちゃんで、たまたま落ちて大事に至らなかった。」
という感じだった。
実際、ダグラスと呼ばれる部分(子宮の外側で体の中の一番底の部分)に血が溜まっていたのだからその話が真実なのだろうと私は思った。
その後、受診の度に妊娠検査薬をして反応がだんだんと薄くなっていった。
現実を見せつけないで欲しいって気持ちだったな。
でも、あの塊が出たとき、それまでの痛みがうそのように消え去った。
あの時に、もう望は私の中から消えてしまったんだ。
望というのは、3番目の子の名前。
ダメかも知れない。でも、無事であってほしい。
そう望みをかけていた。
この子は何を伝えに来てくれたのかなってたくさん考えた。
すぐ無理しちゃうママに、もっとまわりを頼っていいんだよって伝えてくれたのかな?
エコーに一瞬だけ映ったのは
”ママ、私(僕?)はここにいるよ”
って伝えたかったのかな?
でも、きっとママは望に助けられたんだ。
そう思った。
自分に都合のいい解釈ばっかり・・・。
でも、そう思わないと辛すぎた。
こういう考え方は自分が弱いからなんだろうね。
それでも、こんな弱いママにもその時二人のわが子がいて、落ち込んでる暇なんてなかった。
当時は二人とも家にいたから、痛みを抱えた状態でも、流産のショック状態でも関係なく慌ただしい日常だった。
それは、肉体的には辛くても、精神的には救いだったと思う。
よく聞く、嫉妬心だとかも特に感じることはなかった。
他の人は他の人だから。
今はタイミングではなかったんだ。
そんな風に思って、時々、今日みたいに夜中に思い出して悲しいわけでも、悔しいわけでもなくただポカンと心に穴が空いたような状態だったな。
その後、まさかの2度目の流産が待ち構えてるとは思いもしなかった・・・。