ある人のブログには、こんなことが書いてあった。
『物質界にいる我々はいつも何かを手に入れようとしているけど、そのモノが欲しいのではなくて、その手に入れた、所有してるという感情を手に入れたいんだよ」
思わず、う〜んと、うなってしまった。
そうなんだよね。喜怒哀楽という言葉に集約されるように、僕らはこの感情にいつも「やられる」。感情が先なのか、現実が先なのか。たまに分からなくなることもある。
ぼくも最近はこの感情のコントロールができるかというチャレンジを密かにしている。自分はもちろん自分以外にもだ。ぼくもリーダーとして人に動いてもらう必要がある。そこにはいくつかテクのようなものがある。
たとえば、小難しいことを説明する前にその人個人に置き換えた場合の事例をつかって、ぐっと小難しいことを理解してもらう。その際には、共感や個人的感情を呼び起こすようにするんだ。
そう、共感。
そこまでくれば、50%。そして、人に動いてもらうためのエサをばらまく。これが継続できれば人は動き続けることができると思っている。
共感だけでは、すご〜い、パチパチと拍手でおわり。でもね、自分にメリットないなと。
一方でエサ(その人の利益)だけでもダメ。きちんと共感がないとね。共感は、動く本人の旗印になる。行動の言い訳にもなる。でないと同じベクトルで走っていくことはできないのだと思う。
そして、個人の感情のマネジメントについて。
ぼくのチャレンジは今もなお続いているけど、今、目の前に起こっていることは、「自分の鏡」もしくは「全てはギフト」と思って感情を味わいながら自分なりに学びや、気づきとして自分の中に貯金していくようにしている。
宇宙の法則で言えば、感情を押さえ込んだりすると同じ現象が繰り返されると言われている。だから感情は抑え込まずに、味わい尽くす。それをぼくは流儀とすることにした。