踏みそうになりました。新しいものではなさそうでした。

 

 

こちらは、昨年、拾ったもの。

 

 

近くの榎(葉を食べる)の横を通るときは、飛んでないかなと、気にしているのですが、今年も出会えませんでした。

一度だけ、飛んでいる姿を見たことがあります。昔、木曽川「寝覚の床」の駐車場でのこと。

一瞬のことでしたが、キラッと光る姿は忘れられません。

 

法隆寺の「玉虫の厨子」は、どうも仏教の精神から外れているようでなんだかな、と思いながら見ました。復元レプリカをつくるために、全国の採集家や小中学生を募って羽を集めさせたというエピソードに至っては、なんともはや。

金子みすゞの「大漁」という詩を思い出します。

 

     大漁 

 

朝やけ小やけだ

大漁だ

大ばいわしの大漁だ。

 

はまは祭りのようだけど

海のなかでは

何万の

いわしのとむらいするだろう。

 

 

鰯の命は、まだ人間の命におきかわる救いがありますが、

装飾として使われた玉虫はどうなんでしょう。

 

     ***