
大分長い間留守にしました。
緒先輩の後を追うように「脳溢血」です。
最初に行った病院は公立の割と大きな
ドクター・ホセ・エヌ・ロドリゲス記念病院という所です。
長男を産んだ病院で、いくらか様子がわかる病院で
我が家からトライシクルで5分ほどの一番近い総合病院です。

日本なら救急車を呼んでもらうところですが、有料の救急車を
呼ぶ方法が我が家の連中はわからないのです。
体の異常な症状は5年ほど前に経験した時より重い事が
自分なりにわかります。
家族のためにアイスクリームを小分けしている時に猛烈な眩暈で
立っていられません
頭が痛いとかはなく、右に首を傾げると猛烈な吐き気に襲われ
嘔吐してしまいます。
その日は病院嫌いな私は自宅静養です。多分自己診断で脳溢血で
あろうと思いました。
翌日幸いにも朝の光を見ることが出来ました。
さあ「病院に行け!」攻撃が家族から喧しいぐらいありました。
前日の発作?の時、すでに諦めはついていましたが渋々病院に
行くことにしました。タクシー会社が近くにあるらしいのですが
何故かトライシクルです。
ハザードドランプのような物を点滅させながら、トライシクルの
ドライバーも慣れたもので走りながら大声で何か叫んでいます。
周りの車等は私の乗ったトライシクルに道を譲ります。
暗黙のルールのようなものがあるようです。
病院の正面の大きな玄関を車椅子に乗せられ入ったところで
30分程待たされます。
すぐにCTスキャンをするでもなく、ただ血圧を測っただけで
待たされます。これがフィリピン流なのでしょうね。
しばらくしてリンゲル注射?のようなチュウブで血管に薬をいれているよう
です。
これ玄関を入ったところでやられるのです。
大勢の患者が同じようなスタイルです。
もう私は我慢が出来ず1袋の点滴が済むと帰ろうと言いだします。
夜の11時頃家に帰り、翌日違う病院です。
ノバリチェスというところにある、私立病院です。

病院に着くなり「CT_スキャンしてくれ!」

するとCTスキャンする場所はビルが離れているので
そちらに行ってくれ!
待たせてあるタクシーでそちらに着くと、CTスキ
ャンするには準備が必要で後で又来てくれ
そんなバカな!
こちらの国のある程度歳のいった方は大概高血圧症?で
よく病院にかかります。
何しろ肉大好き、野菜大嫌いな方ばかりですから仕方ないでしょう。
私もただの高血圧と思われたらしいところがあります。
病院スタッフの思い込みです。
脳溢血は1分1秒を争うものです。
初期治療を正確にやらなければ、たとえ助かったとしても
重度の後遺症が付きまといます。
早速その日から8畳ほどある個室に入院です。
個室には付き添いの者の簡易寝具が備え付けられています。
何しろ生まれて始めての入院です。
連れ合いが付き添いです。
出来れば他の方に付き添いをして欲しいところでしたが
そうもいきません。
部屋に姪っ子等が頻繁に訪れます。
その他は病院スタッフが点滴の交換や、血圧測定のために
部屋に出入りします。
担当の看護婦はパゲット女子1名、ガンダ女子1名の交代です。
ガンダ看護婦は気のせいか、血圧測定の際に自分のお乳に
私の手を引っ張り、振れさせているようで、この血圧測定が
まちどうしくなりました。

この状態でも私の病気は治りません。
現在こうしていられるのも
私の場合は、ただ私の気力につきると思います。
最初の重度の症状の時から、「今は死ぬ物ものか!」
その気力だけです。
酸素を血管に多く取り込むために大きな深呼吸を何度もします。
CTスキャンの画像です。

今は自宅療養です。
後遺症というものは言語が少し思うようにしゃべれないのと
手の感覚が以前ほどではないようです。
いつも酔っ払っているようで、歩行もまっすぐに歩きずらいので
杖を使っています。
ほんの少し脳内に血がばらまかれただけなのに、人間の体は
微妙です。
リハビリの為毎日、付き添いと一緒に近くに買い物に出かけます。
以前はトライシクルに乗ることは稀でしたが今では
毎日ご厄介になっています。
自力で真っ直ぐ歩けるようにしたいものです。
そうそうフィリピンらしいお話を一つ。
私が入院中に、家は姪っ子の一人に掃除、留守番等を
するように連れ合いが頼んだらしいのです。
その姪っ子は3歳の男の子と8歳の男の子のお母さんです。
いつも子供を連れて家にいたようです。
私が退院して2・3日してから気がついたのですが、
私の部屋も掃除をしたようで、以前とは様子がちがいます。
2か月分のマルボロライト(200箱あまり)の買い置きが
ありません。脳溢血にはタバコはダメらしいのです。
連れ合いに『タバコはどうした?』と聞いたところ
「私が吸いました」
嘘とわかる嘘を平気で使います。
想像するのに、姪っ子の旦那はスモーカーです。
たぶん姪っ子にあげたのでしょう。
私の息子のために大量の日本製のチョコレートを冷蔵庫に
ストックしてあったものがありません。
これも連れ合いが食べたそうです。
この国の人間は、亭主より身内を庇います。
姪っ子の子供たちが食べたのでしょう。
今では連れ合いは直ぐ近くに住む姉とよく買い物にでかけます。
4歳の長男を私にまかせたままで。
「おいおい私は病み上がりなのだよ!」
何時までも家にもどりません。
『喉もと過ぎれば・・・』
この言葉のままです。
もっとも、ヘビースモーカーの私は量こそ減らせども
1日1箱までと決めて愛煙家を続けています。 
ボチボチ参りましょう。
体調の良い時だけしか書けないと思いますが・・・


いつも 笑顔で いましょうね!
